第13話 売り込み1


 夜なべして書き続けた英雄叙事詩二次創作が、ついにキリの良いところまで書き上がった。

 この原稿は要塞のメイドたちの間で何度も回し読みされている。

 既に手応えはしっかりとある。


 この国の女子たちにもBL文化は受け入れられると分かった。

 であれば、次の段階に移行しよう。

 すなわち、BL小説の出版である!


 この世界の文化レベルは中世どころか古代ローマとかそのへんだ。

 だから当然、活版印刷はない。

 木版印刷すらない。

 出回っている書物は全て手書きの写本になる。


 そして古代文化の最大の特徴として、書物は全てが巻物。

 冊子ではなく巻物。

 紙も羊皮紙や前世の植物紙ではなくて、パピルスになる。


 まあ、古代中国などは竹簡・木簡だったというから、それに比べればだいぶマシだ。

 それに巻物は冊子よりも装丁コストが低い。

 手作りで冊子の本を作るのは大変だけど、巻物なら紙を継ぎ足して巻けばいいのだから。


 とはいえ、パピルスはそれそのものがそこそこお高い。

 ましてや人力の写本で複製するのだ。

 このユピテル帝国において、書物がそれなりに高級品なのはどうしようもないことだった。

 普通の平民ではまず買えない。

 文学好きの貴族やお金持ちであれば、自宅に書庫を持っているそうだが。


 そういう事情もあって、この国の本屋は少ない。

 けれど存在しないわけではない。

 帝都まで行けばたくさんの本屋があるし、この辺境の要塞町にも移動本屋がたまに来ていた。


 移動本屋は行商人みたいなもので、巻物の書物を背負子に入れて各町を歩いて渡る商売である。

 ユピテル帝国の書物は、定番の叙事詩や実学本の他、ときどき新作が出る。

 文学サロンの朗読会で人気だった作品を書き起こしたり、帝都で人気の劇の脚本だったりする。


 だから私の叙事詩二次創作も売り込む余地があると考えていた。

 移動本屋が町にやって来たと聞いた私は、リリアと一緒に出かけていった。







「すみません。新作の物語を買い取ってほしいのですが」


 要塞町の居住エリア、列柱回廊(フォルム)と呼ばれる公共広場で移動本屋は店を出していた。

 彼の目の前にはたくさんの巻物が並べられている。


「物語を? お嬢さんが書いたんですか」


 本屋のお兄さんは不審そうな顔で私とリリアを見た。

 確かに男性優位のこの国では、創作者と言えばまず男性。

 女性、それもこんな辺境の土地の小娘がそんなことを言い出したら、普通は驚くだろう。


「はい。英雄叙事詩を新しい視点で再構築したお話です」


 私は渾身の作品を本屋に渡した。

 彼は巻物の紐を解いて、するすると読み始める。


「う、うーん? これは……?」


 少し読み進めた本屋の表情が思わしくない。

 まあ、男性の彼にいきなりBLを理解しろというのも酷な話だろう。


「英雄たちの絆と愛憎に焦点を当てた物語です!」


 リリアが張り切って言った。

 それでも本屋の顔はぱっとしないままだった。

 さらにしばらく読み進んで、くるくると巻物を閉じてしまう。


「斬新な視点だとは思うんですが、なんというか、男同士の感情がちょっと気持ち悪い……?」


「なんですって!」


 いきり立ったリリアを手で落ち着かせて、私は続けた。


「そう感じる方はいらっしゃるかもしれませんね。でも、『他人の萎えは私の萌え』と申します。これは元々御婦人向けの物語ですの。雄々しく麗しい英雄たちの素顔、戦さごとだけではない人としての感情、ままならない心のうち……。御婦人方の大好きな恋愛小説の亜種ですよ」


「なるほど?」


 本屋は首を傾げて、改めて私の巻物を広げた。


「やたらに男同士の色恋が出てくるので、戸惑いましたが。恋愛小説として読めば、なかなか良くできていますね。敵国の王妃に恋い焦がれる王子の心情など、切なく胸に迫るものがある。王妃がなぜか美少年になっていますけど……」


「だからいいのですよ。美しい人に性別は関係ない。恋し愛する心も同様です」


「しかしそれならば、男女の愛も入れたほうがいいでしょう。どうして男同士にこだわるんです」


「それは……」


 私はうっとりと頬に手を当てた。


「私が好きだからです!」


 きっぱり言い切ると、本屋はぽかんとした。


「えっと」


「男女の愛も否定はしません。けれど私が最も美しいと思うのは、男性同士の愛、男性同士の絆なのです。彼らの間にしかない心の動き、戸惑い、執着、慈しみ、独占欲。表面をなぞれば友情とか、仲間意識とかで片付けられる感情も、深く掘り下げていけばいくほど味わいが増す。『好き』という感情が恋愛に直結しがちな男女の愛よりも、複雑で妙味があるのです」


「はあ」


「それからはしたないことを言えば、強く美しい英雄がお相手に組み敷かれるシーンなど、女心が震えますわ。もちろん美少年もです。殿方のふしだらなあんな姿やこんな姿を想像すると……」


「…………」


 ちょっと言い過ぎたと思って口を閉ざせば、本屋は完全に沈黙していた。

 リリアは興奮で顔を真っ赤にしている。


「こほん。まぁそんなわけでして、この作品は私の最大の『好き』と『萌え』が詰まったもの。確かに読者は選びますが、ハマる人は必ずハマります。御婦人を中心に大ヒットしますよ」


 そう締めくくると、本屋は私の巻物を握って思案に暮れていた。

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