第9話 熱視線


 リリアに続きメイドの皆さんが腐女子仲間になってくれた。

 休憩時やちょっとした時間に萌え語りができるようになって、私の生活はますます充実している。


 今日はこんなシーンを目撃した。

 食いしん坊の兵士が厨房につまみ食いにやって来て、料理長にこっぴどく叱られたのだ。

 兵士はつまみ食いの常習犯。そりゃあ料理長も怒るというもの。

 けれど料理長は最後に唐揚げの残り物を一つ、兵士にあげていた。

 料理長はなんだかんだ言って、自分の料理を美味しそうに食べる人に弱い。


「それって料理長×食いしん坊兵士の可能性!?」


 さっそくリリアが食いついてきた。

 私は深くうなずく。


「そうね。メシウマはいつだって人気があるわ。美味しい料理は人の心を掴むもの。すっかり餌付けされてしまった兵士と、食べさせるのが好きな料理長。だから私は、あえて兵士×料理長の可能性を推します。美味しい料理を出していたはずが、料理長自身がぺろりと食べられてしまうの」


 きゃーっとメイドたちの声が上がった。

 BLではカプの左右がとても大事。

 左右の解釈違いで戦争すら起こるときがあるのだ。


 けれど今この場のBL文化度はまだまだ黎明期。

 いろんな可能性を提示することで、BLの奥深さを味わってもらいたい。


「この要塞は可能性の塊ね……」


 メイド長がほう、とため息をついた。

 年かさの彼女は既婚者で夫と子供がいる。

 けれどBLは年齢も立場も関係ない。

 メイド長はぜひ貴腐人――年上の腐女子を指す言葉――として活躍していただきたい。


 私たちはこうして楽しい時間を過ごした。

 ただ、BL愛好会はちょっとした問題を起こしてしまった。







「最近、メイドちゃんたちから妙に熱い視線を感じるんだよな~」


 魔法分隊長のクィンタがそんなことを言いだしたのは、訓練の休憩時間のことである。

 彼はわざわざ洗濯物を干していた私のところまでやってきて、ニヤニヤ笑いながら言った。


「俺のモテ期が来ちゃったか。フェリシアちゃんはどう思う?」


「どうして私に聞くんですか?」


「だってメイドたちの取りまとめ役だろ。さすがにメイド長にこんなん聞けねえし」


 なぜかまとめ役にされてしまった。

 クィンタは後ろに撫でつけた髪をかき上げながら続ける。


「まあ、俺はもともとモテるから別にいいんだがよ。女慣れしていない下っ端どもが勘違いをしそうでな。メイドちゃんが誰かを好きだってんならいいが、なんか違う感じだろ? おかしな揉め事が起こる前に、ちと確認をと思ってよ」


 自分でモテるとか言うのはどうかと思ったが、彼は確かに整った顔立ちをしている。

 金髪の癖っ毛と猫のような茶色の目は、人懐っこさと野性味の両方が感じられる。

 素行はあまり良くないが、それでも魔法分隊長の地位を実力で勝ち取ったと聞いた。

 ちょい悪系が好きな女子にはモテるかもしれないね。


 それはともかく、揉め事か……。

 クィンタの言う『熱い視線』は、間違いなくBL妄想関係だと思う。

 兵士の皆さんの一挙動は、今や私たちの萌えの源泉。

 注目してしまうのは致し方ない。


 けれどそれが兵士を勘違いさせるのはいけない。

 私たちは兵士その人が好きなのではなく、彼から感じられるBLの波動を妄想として愛しているのだ。

 勘違いした兵士が強引にメイドに迫ったら、お互い不幸になるだけだろう。


「分かりました。私からメイドの皆さんに話しておきます。……それにしてもクィンタさん、『熱い視線』が勘違いだとよく分かりましたね?」


「言ったろ、俺はモテるからな。メイドちゃんたちのあれは、男の誰かを好いているのとは違う感じだ。なんつーか、有名な劇俳優の追っかけファンとかに似てる気がした」


 おお、鋭い。

 でも劇俳優ファンは、その人の恋人になりたいと思っている層も一定数いるから。

 我々はまた違うのである。


「あとなぁ……」


 クィンタはげんなりした様子で肩をすくめた。


「俺がベネディクトと絡んでいると、妙に視線を感じるんだ。あれ何? フェリシアちゃん、分かる?」


「いいえ、さっぱり分かりません」


 私はいい笑顔で答えた。

 クィンタは何か言いたそうだったが、休憩時間の終わりを告げるラッパが鳴って彼は戻っていった。







 さて、クィンタのおかげで問題が起こる前に気づけた。彼には感謝しておこう。

 その日の就寝前、執筆はお休みしてメイドたちを集める。

 クィンタから聞いた話を伝えると、案の定メイドたちは不満そうだった。


「兵士さん自身に気があるわけではありません。勘違いされても困ります」


 と、リリアが頬をふくらませている。


「でも、気をつけるのは私たちだわ。男性から強引に迫られて怖い思いをするのは嫌でしょう? 勘違いしたお相手も気の毒だしね」


 みんなうなずいた。


「だからなるべく、萌えは心に秘めておきましょう。目の前の人から萌えをもらっているのだから、せめてそうするのが礼儀よ」


「けど……」


「仕方ないの。だって考えてみて? もし私たちが、誰か他の人に勝手に恋人になる妄想をされていたら?」


「それはちょっと嫌ね」


 メイドの一人が眉をしかめた。


「私たちがしているのは、そういうことよ。妄想だけならば自由。けれどそれを本人に悟られるのは駄目。……実はね、私が物語を書いているのも事情が重なっているの。物語の人物なら本当に存在する人ではないから、嫌な思いをさせることもない。自由に妄想ができる」


 メイドたちははっとした顔になった。


 この問題は前世でもつきまとっていた。いわゆる「腐女子は隠れろ」問題だ。

 最近ではあまりそういう風潮はなくなっていたが、少し昔まではそうではなかった。

 特にnmmn問題である。

 nmmnはナマモノの略。

 アニメや漫画ではなく、実在の俳優が演じるドラマや映画をBL二次創作する際の隠語だ。

 俳優は実際に存在する人物。

 彼らの元々の人柄や嗜好に関係なくBL化するのは、細心の注意が必要だった。

 公式や本来の俳優ファンに見つからないよう、作品名や俳優名のタグをつけるのは厳禁。

 腐女子にだけ分かるようにカプ名をもじったり、伏せ字をしたりして対策していた。

 そんな中で公式タグをつけて俳優垢に突撃するような輩は、大炎上したものである。


 軍団兵の皆さんだってナマモノな人間。軽く扱っていいはずがない。

 萌えを供給してくださる尊い存在なのだから、礼儀は守らなくては。


「だから皆さん。妄想をするときはあくまで密やかに、決して悟られないよう。語り合うのは腐女子同士だけでしましょうね」


「はい!」


「フェリシアのおかげで気づけて、よかった」


「これからはもっと気をつけて、もっと妄想しましょう」


 こうして表面上は鉄面皮だったりにこやかだったりする、秘密のメイド軍団が爆誕した。

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