第8話 増える人々


 リリアという新たな盟友を得た私は、よりいっそうBL妄想をたぎらせた。

 夜、寝る前の時間を削ってBL小説を執筆中だと打ち明けると、リリアは目を輝かせて喜んでくれた。


「読みたいです! フェリシア先輩の大作!」


 けれどすぐにしょんぼりとしてしまう。


「あ……でも、わたし、字を読むのがあまり得意じゃなくて。難しい文は読めないんです……」


 リリアは平民なので、そんなに学識があるわけではない。

 不得意でも一通りの文が読めるだけ上出来だろう。

 私はにっこり微笑んだ。


「大丈夫、読み上げるから。一緒に萌えを話せるなんて、夢のようなの」


「はいっ」


 なお、リリアはなぜか私を『先輩』と呼ぶようになった。

 メイド仕事の先輩は彼女のほうなのだが。


「だってBLの先輩ですもの。この呼び方は譲れません」


 だそうで。

 こうして夜の時間にリリアという頼もしい仲間が加わった。







 執筆の時間は変わらず夜に取っている。

 昼の仕事に支障が出ないよう、こっそりと。

 夜寝る前にメイド部屋を抜け出すのだが、私一人からリリアと二人になった分、ずいぶん目立ってしまったらしい。

 メイド長から呼び出されて、どういうことかと聞かれてしまった。


「フェリシア先輩は、とっても素敵な物語をかいているんです!」


 息巻くリリアに、どうどう、と制止をかける。

 メイド長と他のメイドたちは不思議そうな顔をしていた。


「物語ですって?」


「フェリシアさんが?」


「さすが、貴族のお嬢様のすることは違うわね」


 メイド長は首を振った。


「けど、消灯時間以降に出歩くのは規則違反よ。今後はやめなさい」


「すみません。それはできません」


 私がきっぱり言えば、メイド長はますます困惑した様子になった。


「なぜ? 住み込みメイドである以上、規則には従わないと駄目よ」


「いけないことをしているのは分かっています。でも物語の執筆は――私の使命なのです」


 私は両手を胸に当てた。

 これだけは譲れない。

 私の身命を賭してでも、やりとげなければならない大事業なのだ。


「使命」


 言い切ると、彼女は眉間に深くシワを刻んだ。


「そこまで言うのなら、その物語とやらの内容を聞かせなさい。聞いて判断しましょう」


「……はい!」


 そうしてメイドたちの前で、私は語り始めた。

 神々と英雄の戦いの物語を。

 私が語るのは誰もが知る古典物語であって、そのままではない内容。

 熱い男たちの絆と友情と、愛と憎しみに主眼を置いた物語だ。


 とりあえずメイドの皆さんはBL初心者なので、えっちなシーンなどは省いてブロマンス的に語ってみた。

 あまり濃厚な絡みは初心者には刺激が強すぎるからね。


 メイドたちの反応を見ながら、少しずつBL要素を濃くしていく。

 布教は焦らないのが肝心である。

 いかに気づかれずに沼に引きずり込むかが大事なのだ。

 沼ってしまえばそう簡単に抜けられない。こっちのものよ。


 そうして最初の山場を語り終える頃には、メイドたちはしんと静まり返っていた。

 メイド長ですら手を握って無言でいる。


「……いかがでしょう。私はこのように、古典作品に新しい視点を加えた物語を書いています。より新しい胸の高鳴りを覚えられるように、戦いそのものよりも殿方同士の絆を意識して」


 締めくくりの口上を述べたが、メイドたちはまだ無言だった。

 ううむ、有名古典作品の二次創作はちょっとハードルが高かったか?

 でもリリアには受けたので、下地はあると思うのだが。


 私がそんなことを考えていると、おもむろにメイド長が両手を打ち合わせた。

 すぐに拍手の形となる。


「素敵……、なんて素敵なのかしら」


 メイド長はうっとりと目元をうるませた。


「英雄たちのほとばしるほど熱く、それでいて甘く切ない感情! ああ、きゅんきゅんする!」


 彼女の言葉を皮切りに、メイドたちが口々に言い始めた。

 誰もが顔を赤らめて興奮している。見る限り嫌悪感を示している人はいなかった。


「あたしも! こんなに胸が締め付けられたのは、初恋以来よ!」


「私、軍団兵たちの距離が近いとドキドキしてたの。なんでか分からなかったけど、今分かった。男性同士の恋って素敵!」


「わたしは知将が気に入ったわ! 総大将の将軍とのやり取りをもっと見たい!」


 早くも推しカプを見つけた人もいるようだ。喜ばしいことである。


「フェリシア、続きはないの? あんたずっと書き物してたのよね?」


 メイド長に詰め寄られて、私は苦笑した。


「書けているのはここまでです。あまり時間がないし、紙もインクもお値段が高くって」


「あぁ、そりゃあそうよねぇ……」


 メイド長はため息をついて、すぐに気を取り直した。


「カンパするわ。あんたよりはお給料をもらっているから」


「え、でも」


「いいのよ。その代わり、またこうして物語を聞かせてちょうだい」


「あたしもカンパします!」


「わたしも!」


 メイドたちが興奮の面持ちで押し寄せた。

 彼女たちを押し留めながら、落ち着かせて言う。


「みんな、ありがとう。でも推し活は生活に負担がかからない程度にね」


「推し活?」


「さっきの物語みたいに、好きなことにお金や時間をかけることよ。そりゃあ楽しいけれど、普段の生活をしっかりこなしてからの話だから」


「分かったわ。気をつける」


「ええ、お願い。それから夜の執筆を、これまで通り見逃してほしいのだけれど」


「もちろん!」


 メイド長は力強くうなずいた。


「何なら昼間も時間が取れるよう、仕事を調整するけれど?」


「それは駄目です。私はメイドとしてしっかり働いた上で、物語を書いていきたい。私はこのゼナファ軍団のメイド、みんなの仲間だもの」


 まあ本音を言えば、少数ファンのカンパだけで専業作家になるほどの勇気がない。

 今は本業(メイド)をこなしながら、兼業作家としてBL布教に邁進する時期である。

 専業になるのはしっかり売れるようになってからで遅くないのだ。


「フェリシア先輩……!」


 リリアが駆け寄って手を握ってきた。


「わたし、先輩についていきます。物語執筆のお手伝いも、がんばります!」


「あっ、リリアずるい! あたしだってフェリシアのファンになったんだから」


「私も!」


「あたしもー!」


 メイド部屋の中の熱気は全く収まらない。

 この熱い空気の中で、私たちは存分に萌え語りを楽しんだのだった。

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