第7話 新たなる盟友


 男ばかりのBLパラダイスな要塞町であるが、やはり推しカプはいる。


 第一にベネディクト×クィンタの幼馴染カプ。

 彼らはあらゆる面が対照的なのがいい。

 性格はベネディクトがクソ真面目、クィンタがチャラ男。

 戦闘スタイルはそれぞれ剣と魔法。

 出自もベネディクトは貴族に対し、クィンタは平民と聞いた。


 彼らはずっと昔から仲がいいのに、お互いに腐れ縁だと言っている。そこもよい。

 腐れ縁だの言いながら背中を預けるだけの信頼がにじみ出ている。よきよき。


 で、第二に軍団長×ベネディクトだ。

 ベネディクト氏大活躍である。

 包容力のある大人な軍団長と堅苦しくて融通の効かないベネディクトの組み合わせ。

 もはや鉄板と言っても過言ではないだろう。


 今日もクィンタとベネディクトが親しげに肩を組んでいたのを見て、私、内心で大歓喜である。

 まあクィンタが一方的に腕を肩に回していて、ベネディクトはちょっと迷惑そうだったが。

 むしろカプ解釈に沿っていてよろしい。


 脳内に焼き付けた肩組み映像を反芻しながら掃除をしていると、急に声を掛けられた。


「フェリシアさん? またニマニマして、どうしたんですか?」


「うひょおぅ!?」


 目を上げるとリリアである。

 彼女とはすっかり打ち解けたので、つい油断して奇声まで上げてしまった。

 他の人相手ならまだこうはならない。

 かつての帝都の鉄面皮令嬢の名にかけて、顔面崩壊だけは避けたい所存だ。


「うひょう……。フェリシアさんは、普段は儚げなお嬢様なのに。ときどき変ですよね」


「ごめん、聞かなかったことにして」


「はあ」


 リリアは呆れたようにちょっと笑った。

 なんだろう、元気がない感じがする。


「どうしたの? 何かあった?」


「いえ……。また仕事で失敗してしまって」


 リリアは肩を落としている。

 彼女は私に仕事を教えてくれた先輩だけれど、確かにちょっとドジなところがある。

 でもそれ以上に頑張り屋で、とてもいい子だ。

 だいたい、リリアはまだ十五歳。ちょっとくらいの失敗をしたって当たり前ではないか。


「フェリシアさんは、すごいです。いろんなことに挑戦して、成果を出して。それに比べてわたしは……」


 リリアの瞳に少しの涙が見えた。

 私は掃除のホウキを放り出し、彼女に駆け寄る。


「そんなことないよ! リリアだって頑張っているじゃない」


「でもわたしは、のろまで失敗ばかり」


「失敗したっていいのよ。ゆっくり上達すればいい。さあ、元気を出して?」


 そう言ったのだが、リリアは首を振るばかりだった。


「何か楽しいことを考えて、気分を切り替えましょう。何がいいかしら?」


「フェリシアさんは、どうやって元気を出すんですか?」


「え、えーと」


 私は口ごもった。

 私の元気の源といえば、もちろんBL妄想である。

 しかしBLは好きな人とそうではない人がいる。

 男性はだいたい嫌がるだろうし、女性でも全員が好きなわけではない。

 嫌いな人に押し付けるのは論外。TPOはわきまえるべきだ。


 けれどこれはチャンスではないか?

 もしもリリアにBL適性があれば、腐女子仲間を一人増やせるのだ!

 よし、ここは慎重に……!


「……物語を考えるわ」


 私は言葉を選びながら言った。

 もしリリアにBL適性がなかったとしても、別の方向に話を逸らせばいい。


「物語ですか?」


 意外だったらしく、リリアはきょとんとしている。


「ええ。私が気に入っているのは、英雄と神々の戦いのお話。あの有名な古典よ」


 平民であるリリアも知っていたようで、うなずいている。


「でも、戦いのお話は男性むけじゃないですか? わたし、戦争のことはよく分かりません」


「あのお話は戦いばかりではないわ。英雄たちの友情と絆、愛憎、そういったものが重要なの」


「絆……」


 リリアがいいところに食いついた。さりげなく『愛憎』を混ぜたかいがあったぞ。


「そう、絆。憎しみも愛情も全ては人と人との絆と言える。あの物語の発端は、ある国の王妃だった絶世の美女を、他国の王子が奪い取ったことだったわね」


「はい。奪われた王が激怒して戦争になったんですよね」


「王妃は神々の力で王子を愛するようになった」


「ひどい話です。神様が夫婦の仲を引き裂くなんて」


「でも、もしかしたら王妃は王を愛していなくて、略奪者である王子を待ちわびていたのかもしれないわ」


「え……」


 リリアが目を丸くしている。

 こういった解釈の多様さが二次創作の醍醐味ってやつだ。


「絶世の美女というからには、人しれぬ苦労もあったでしょう。本当は好きな人がいたのに、王に無理やり結婚を迫られたのかも」


「ありそうです!」


「もしもを考えるなら、いろんなことがあるわね。例えば――王妃は絶世の美少年だった、とか」


「ええっ!」


 リリアが叫んだ。

 思いの外大きな声だったので念のため周囲を確認するが、誰も気にしていないようだった。


「だって、王妃様でしょう。男の人だったら変ですよ」


「かの国は男性同士の愛が許されていたというじゃない。だったらあまりに美しい人であれば、性別は関係なかったのかも。物語だしね」


「で、でも……」


「リリアはどちらがいいと思う? 絶世の美女と、絶世の美少年。王子様が恋い焦がれて奪いに来るのは?」


「…………」


 リリアは服の裾を強く握って、せわしなく視線を動かしている。

 私は内心の焦りと希望を押し殺して、ただ待った。

 そしてとうとう彼女は言ったのである。


「……美少年、です」


 いよっしゃぁ――ッ!!


 歓喜の雄叫びが上がった瞬間だった。

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