第6話 ベネディクトの内心
【ベネディクト視線】
去っていくフェリシアの姿を眺めながら、ベネディクトは先程のやりとりを思い出していた。
この要塞町では常に魔物との戦いが繰り広げられていて、息をつく暇もない。
負傷者はしばしば出て、死亡するものも少なくはない。
ここしばらくは――そう、フェリシアがやって来た頃からだ――小康状態が続いているが、いつまた激戦が始まるか分からないのだ。
だから『聖女』の伝説に希望を持ってしまった。
先代の聖女はもう百年以上前の人物で、その功績はどこまでが事実でどこからが伝説なのかも判然としない。
だが彼女は魔物との戦いに大きな存在を示し、多数守ったとされている。
フェリシアの身の上は軍団長からおおよそ聞いていた。
有力貴族家の出身で、元は皇太子の婚約者。
それが聖女を騙った罪で王都を追放され、この要塞町で雑用係に落とされた。
ベネディクトは軍団長同様、フェリシアがわがままな悪女なのだろうと思っていた。
ところが見張っていると、彼女は健気な頑張り屋にしか見えない。
箱入り令嬢とは思えないほど積極的にメイドの仕事をこなす。
誰もが嫌がるトイレ掃除を引き受けてピカピカに磨き上げ、その後の使い方まで指導した。
斬新なアイディアで食事を改善して、兵士たちの士気と体調が大いに改善された。
それも予算内で食材を収めたというのだから、感心する以外にない。
また彼はフェリシアが夜中に書き物をしているのも知っている。
内容をあらためるべきか迷ったが、執筆中の彼女がとても真剣で、ときどきうっとりと幸せそうな表情をするものだから、つい声をかけそびれてしまった。
ベネディクトはフェリシアという女性が分からなくなってしまった。
「私にそんな力はありませんよ。魔力鑑定で光と出たものの、これといった魔法は使えないのです。そのために偽聖女の烙印を押されて、帝都を追放されてしまいました」
先程の彼女の言葉が脳裏に蘇る。
フェリシアは悲しそうに微笑んでいた。
彼女のような人が権力欲しさに聖女を騙ったとは思えない。
きっと複雑な事情があるのだろう。
無遠慮に踏み込んでしまった、とベネディクトは思った。
頭を垂れて許しを請えば、彼女はあっさりと許してくれた。
けれどその時の儚げな笑みが、ベネディクトの心に刺さった。
心がずきずきと痛む。
それでいてフェリシアから目が離せない。
(どうしてしまったんだ、俺は)
内心の問いに答えは出ない。
目が離せないならば、せめて見守ろうと決める。
それが誤魔化しであると、自覚のないままに。
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