第5話 軍団長面談


 最近、軍団兵の皆さんから声をかけられることが妙に増えて困っている。


「フェリシアちゃん、今日も可愛いね!」


 みたいな変なお世辞とか。


「フェリシアちゃん、今日も頑張ってるねえ。これあげよう」


 と、お菓子をくれたりとか。

 これはちょっと嬉しいので、リリアや他のメイドたちと一緒に食べている。


「フェリシアちゃん、次の休日はあいてる? 俺と町まで出かけない?」


 とか。

 残念ながら私はメイドの仕事とBL小説の執筆で超多忙なのだ。

 寝る間も惜しむくらい働いているのに、付き合う暇などあるはずもない。

 ほんと、なんなんだ。


 困っているとメイド長に報告したら、思い切りため息をつかれてしまった。


「あんた、無自覚なのねえ。さすがは貴族のお嬢様だわ」


「なんですか、それ」


 メイド長はちょっぴり口が悪いが、いい人なのはもう分かっている。

 私は気兼ねなく言い返した。


「あのねえ……まあいいわ。軍団長に軽く言っておくから、いずれ収まるでしょう。でも、本当にいい人がいたら遠慮しなくていいんだよ」


「なんだかよく分かりませんが、助かります」


 私は安心したが、翌日、予想外に軍団長に呼び出されてしまった。

 緊張しながら軍団長の執務室に行くと、ベネディクトもいた。


「お話とはなんでしょうか」


「あぁ、そう固くならなくていい。楽にしてくれ」


 軍団長が鷹揚に答えた。

 四十歳前後に見える人で、茶色い髪に緑の目がチャーミングである。

 軍団のトップという立場のせいか年齢のためか、包容力を感じさせる人柄だった。


 生真面目なベネディクトが横に立っていると、なかなか絵になる。

 主従……いや、上司と部下のカプも悪くないな。

 現パロなら部長と部下とか。

 いやいや、あえてパロにする必要もあるまい。

 責任ある軍団長とそれを支える副軍団長。

 信頼関係がいつしか愛情に変わり……!?


「あー、フェリシア嬢?」


 軍団長の不審そうな声で我に返る。

 やば、顔に出ていたか。

 慌てて表情を取り繕った。


「すみません、続きをどうぞ」


「ああ。この前の唐揚げと、野菜を取り入れたメニューだが。兵士たちに好評でね。唐揚げは食べると力が出ると評判だ。野菜は食事としてはそれほど高評価ではないが、体調が改善されたとの報告がいくつも上がってきている」


「それは良かった! 食事はバランスが大事ですから。お肉も野菜もしっかり食べるのがいいんですよ」


 ユピテル帝国じゃ肉はちと高価だから、タンパク源の代用として豆をね。


「豆を肉と混ぜるとあのような味になるとは、知らなかった」


「豆は栄養もあるんです。いい作物ですよ」


「ふむ。そういうことであれば、属州総督に掛け合って豆の作付面積を増やしてもいいな。我がゼナファ軍団の重要な食料なのだから」


 そんな話をする。

 それからふとした様子で軍団長が言った。


「そういえば、メイド長から聞いたのだが。兵士から声をかけられて困っているとか?」


「あ、はい。私はまだ新入りで、仕事をしっかりしないといけませんから。兵士さんたちに気を遣わせるのが申し訳なくて」


 実際のところは「邪魔だやめろコラ」だが、物は言い様である。

 軍団長はどこか困ったように笑った。


「トイレ掃除の件といい、食事の件といい。こうして話してみると、皆がきみに惹かれるのが分かったよ。たがまあ、その気のない御婦人にやたらと声をかけるのは無作法だ。兵士たちにはよく言い含めておこう」


「はい、ありがとうございます」


 にっこり笑って答えると、軍団長も微笑んだ。


「フェリシア嬢、正直私はきみという人を見誤っていたよ。王都を追放された貴族令嬢で、しかも皇家をたばかったというじゃないか。どんな悪女が来るのかと戦々恐々としていたのだが」


「まあ……」


「ベネディクトにそれとなく見張らせていたんだが、きみの実際の行いは予想と真逆でね」


 見張りときた。

 どうりでちょくちょくベネディクトと鉢合わせたわけだ。

 彼のほうを見ると、そっと目を伏せてられてしまった。


「これからもどうかゼナファ軍団の力になってくれ。困り事があればいつでも相談に乗ろう」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 深く頭を下げて、軍団長との面談は終わった。







 軍団長の部屋を出ると、ベネディクトがついてきた。


「フェリシア。私からも少しいいか?」


「はい、なんでしょう」


 正直さっさと戻りたかったが、副軍団長を無碍に扱うわけにもいかない。


「きみはかつて『聖女』の称号を得ていたと聞いた。本当だろうか?」


「本当ですよ。十歳の魔力鑑定で属性が『光』と出たので」


「……!」


 魔力鑑定は自由市民であればほぼ全員が受ける儀式だ。

 大抵は木・火・土・金・水の五属性のいずれかになるが、稀に私のようなイレギュラーが現れる。

 光はその中でも特別で、邪気と瘴気を払う聖女の役割を負うと言い伝えられてきた。

 その希少さから皇家に嫁ぎ、帝国のために働くのだと。


「言い伝えの聖女の力は真実なのか?」


 ベネディクトの口調は真剣だった。

 この北の要塞町は魔物との戦いに明け暮れる前線の場所。

 もしも聖女が本当に邪気を払えるのであれば、魔物との戦いを有利に進められる。


 けれど私は首を横に振った。


「私にそんな力はありません。魔力鑑定で光と出たものの、これといった魔法は使えないのです。そのために偽聖女の烙印を押されて、帝都を追放されてしまいました」


 おかげでBLパラダイスなここへ来られたんですけどね!

 ていうか光の魔力というのがいまいちよく分からない。

 固有魔法の記録もなければ、発動条件も不明。

 帝都では月一回、聖女の祭壇と呼ばれる場所で祈りを捧げていた。

 代々の聖女が遺した習慣だそうで、正直何のために祈るのかもよく分からずぼーっとしていたのである。


「そう、か……」


 ベネディクトが肩を落とした。


「役立たずで、すみません」


 表面だけ沈痛さを装ってみれば、彼ははっとした。


「そんなことはない。きみのおかげで助かっている。フェリシアの事情を考えず、不躾なことを言った。どうか許してくれ」


 ベネディクトは生真面目に頭を下げた。

 う~んこの構図、頭を下げる先がクィンタあたりだったらとても美味しいなー。

 イケメンが許しを請うとか、名シチュエーションじゃないの!


 ……というようなことをおよそ二秒ほど考えて、私は無難に返事をした。


「どうか頭を上げてください。私のことなど良いのです。これからもお役に立てるよう、力を尽くしますね」


 これ以上突っ込まれて面倒なので、なるべく儚げに微笑んでみる。

 ベネディクトは一瞬だけ固まった後、やっと礼の姿勢を解いてくれた。






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