第4話 掃除と料理


 私は相変わらずメイドの仕事をこなしながら、夜は執筆作業に勤しんでいた。

 先輩メイドのリリアは優しい子で、きちんと仕事を教えてくれる。

 メイド長はちょっと言い方がキツいけれど、悪い人じゃない。

 食事はちゃんと三食出るし、寝床はふかふかのベッド。

 実家でいびられていたときよりずっと快適なのである。


 そんなわけで張り切って仕事をしていたら、なぜか周囲の評価が上がってしまった。


 例えば、トイレ掃除だ。

 トイレ掃除はメイドたちが嫌がる仕事ナンバーワン。

 お互いに押し付けあっていたので、私が引き受けた。


 軍団のトイレは確かに汚れている。

 だが、ここで放置はいけないのだ。

 割れ窓理論というのがあって、汚い場所は汚しても構わないという意識が生まれがち。

 逆にきちんと手入れしておけば、使う人もおのずと気を使う。


 だから私は、一度徹底的にトイレ掃除をした。

 素手でやる勇気はちょっとなかったので、革手袋を借りてきて。

 トイレ洗剤もないものだから、洗濯用の石けんを投入。

 数日かけてピカピカにした。


「すごい、きれいになっている」


 軍団兵とメイドたちが目を丸くしている。


「せっかくきれいにしたんですから、今後は汚さないように使ってくださいね」


 笑顔とともに言えば、みんながうなずいてくれた。

 結果、トイレはあまり汚れなくなり、掃除も楽になった。


「すげえなぁ。あの小汚いトイレが光り輝くようだぜ」


 クィンタが感心している。


「さすがに褒めすぎですよ」


「いや、そんなことはない。フェリシアちゃんが掃除しているのを何度か見たが、一生懸命で。感心したよ」


「トイレには神様が宿ると言いますからね。きっと神様が手助けしてくれたんです」


 そう答えると、クィンタはさも可笑しそうに笑っていた。







 他には料理があった。

 ゼナファ軍団での食事は簡素で、食材もメニューもあまりバリエーションがない。

 ちょっと栄養が偏るのではないかと思った。


 ある日、調理補助の仕事をしていると、料理長が話しかけてきた。


「メイドのみなさん。新しい料理のアイディアはないでしょうか。最近マンネリすぎると苦情が出ていまして」


 私はリリアと顔を見合わせた。

 料理長が続ける。


「軍団兵のみなさんは力仕事ですから。もっとガッツリと肉が食べたいと言うのですが、予算の問題で難しくて」


「だったら豆を使ってはどうでしょうか」


 私が言うと料理長は首を傾げた。


「豆を? 豆は今でもサラダに使っていますが、あまり評判は良くないですよ」


「唐揚げにするんです」


 このユピテル帝国に唐揚げという料理はなかった。

 揚げ物はせいぜい素揚げで、衣をつける発想がなかったのだ。

 けれど難しい料理ではない。


「豆を潰してこねて、少しの肉を混ぜて。肉は年老いて卵を産まなくなったニワトリでいいと思います。廃鶏――年取ったニワトリの肉は固くて風味が悪いけど、豆と混ぜればまぎれます」


 前世の冷凍唐揚げ(安いやつ)はそんな感じで作られていた。

 この町でも大豆や他の種類の豆は売られている。値段もお手頃だ。

 ニワトリも年を取ると使い道がなくなるので、安く買える。


「さっそく作ってみましょう!」


 料理人とリリアと一緒に試作が始まった。

 豆と肉の配合割合を考えて、ちょうどいいものを作る。

 下味のソース作りも忘れない。

 それから衣をつけて揚げる。

 ジュウジュウと音を立てる唐揚げは、いかにも美味しそうだ。


「ん、美味しい! あつあつでジューシーで!」


 試食したリリアがにっこりと笑顔になった。


「これが廃鶏と豆とは。びっくりです」


 料理長も感心している。


 ユピテル帝国はオリーブオイルが名産である。

 揚げ物に使うたくさんの油も、どうにか予算内で確保ができた。


「いい匂いがするが、それは何だ?」


 お披露目の夕食時、大皿に盛られた唐揚げを見てベネディクトが聞いてきた。

 料理長が胸を張って答える。


「豆と鶏肉の唐揚げです。フェリシアさんが考えたんですよ」


「フェリシアが?」


 彼がこちらを見たので、私は笑ってごまかした。


「思い付きを言っただけですよ。実際に作ったのは料理長です」


「とんでもない。フェリシアさんのアイディアあってのことです」


「そうですよ!」


 料理長とリリアまで褒めてくるので、ちょっと困ってしまった。

 ベネディクトはそんな私たちを見て、少しだけ笑った。


「早速食べてみるとしよう。……うむ。うまい」


 彼の言葉に、他の軍団兵たちがわっと大皿に群がっていく。


「あつ、あっつ……うめえ!」


「油で揚げてるのか? 見た目よりボリュームがあって、腹にたまるぜ」


「これ、鶏肉? ぜいたくだなあ」


 口々に喜びの言葉を叫んでいる。


「唐揚げだけじゃなく、野菜のスープも食べてくださいね!」


 私は負けじと叫んだ。

 体が資本の人たちだ。栄養が偏ってはいけない。

 スープだけじゃなく生野菜も食べてもらおう。


「唐揚げはたくさんありますから! 並んでくださいっ」


 リリアが一生懸命に声を張り上げて、軍団兵たちの皿に唐揚げとスープを盛っていく。

 大好評の唐揚げは、ゼナファ軍団の定番料理の一つとなった。

 

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