第3話 フェリシアの目標


 日々メイドの仕事をこなしながら、私は果たさねばならぬ使命について思いを馳せていた。

 それはBL創作物の普及である。


 この世界、というかここユピテル帝国では同性愛は必ずしも禁忌ではない。

 けれども一部の愛好家のものという位置づけで、あまり一般的とは言えない。

 そのためBL萌え、いわゆる腐女子の人もいない。

 つまり同好の士と萌語りすることすらできないのだ。


 帝都の実家にいる頃から、この国でBLを流行らせたいと思っていた。

 けれど環境劣悪のあの家では、小説など書けるはずもない。

 見つけられたら馬鹿にされて燃やされるのがオチだ。

 大事な創作物を燃やされてたまるかよ。


 だから私はずっと長い間妄想を温め続けた。

 同時に創作物の販売計画も練った。

 BLに馴染みのないこの国で、いきなり売り出しても手に取ってくれる人は少ないだろう。

 では、有名作品の二次創作から始めようじゃないか。


 この国にも物語はある。

 英雄や神々の英雄叙事詩は人気で、写本が本屋で出回っていたり、劇場で劇が上演されていたりする。


 その中でも有名な物語に目をつけた。

 それは数多の英雄が集う戦物語。

 二国がそれぞれ神々の思惑から戦争を始めて、激しく戦う物語だ。


 英雄たちの友情、絆。

 戦争であるゆえの命のやり取り。緊迫感。

 大事な人を殺された憎しみと悲しみ……。


 そういった圧倒的な質量の人間ドラマが織り込まれた名作は、多くのインスピレーションを授けてくれる。

 戦場を駆け巡る英雄たちをBL視線で再構築、二次創作するのだ。

 戦争物は女性人気が低いと思われがちだが、前世でバトル漫画の女子人気は高かった。

 単なる戦いではなく友情や愛に焦点を当てれば、十分すぎるほどの可能性がある。


 帝都にいたとき、皇太子妃教育の名目で教養は叩き込まれた。

 この英雄叙事詩のような古典の名作をたくさん読んで、文章作法も学んだ。

 なにより前世の同人誌の経験がある。


 妄想の時間は十分に取った。

 あとは形にするだけだ。







 忙しい仕事の合間を縫うようにして、私は物語を書き始めた。

 時間は主に寝る前。

 燃えさしのロウソクを何本かもらってきて、目立たない倉庫の隅で書き物をする。

 紙(パピルスみたいな紙だ)とインクはなかなかお高くて、安い給料で買うのは大変だったけど、切り詰めてなんとか買い足した。


「はぁ~、幸せ。英雄たちかっこいい、かわいい……」


 うっとりと紙を胸に抱く。

 自分の妄想を形にしたもの、つまりは自家発電ではあるけれど、これはこの国初のBL小説だ。

 愛なくして扱えない。


 敵国の王妃を奪って戦争の火種を起こした王子。

 責任感が強く国を守るために命をかけて戦う国王。

 知略に長け、奇想天外な戦略と戦術で戦場をひっくり返す将軍。

 エトセトラ、エトセトラ……。


 この物語は魅力的な男たちの集大成である。

 みんなちょっと駄目なところがあるのがまた良い。

 ついでに敵国の王妃は絶世の美少年にしておいた。だってBLだもの。


 あえて不満を言うならば、この萌えを誰かと共有できないこと。

 布教活動は始まってすらいない。

 早くこの熱い思いを萌え語りしたいものだ。


「今日はここまでにしておこう」


 小さなロウソクの明かりで書き物をすると、目が疲れていけない。

 私は書きかけの原稿を大事に箱にしまって、倉庫を出た。


 暗い廊下を歩いていると、横合いの部屋からにぎやかな声がする。

 覗いてみれば、宵っ張りの兵士たちがお酒を飲みながら騒いでいた。


「おっ、フェリシアちゃん! 一緒に飲んでかない?」


 酔っ払いの一人が上機嫌な声を上げた。

 魔法分隊隊長のクィンタだ。年齢はベネディクトと同じくらい、二十代前半。

 黒髪の副軍団長と対照的に、色の薄い金髪をしている。

 少し垂れ目気味の目は明るい茶色。

 普段であれば愛嬌のあるイケメンなのだが。

 彼はへらへらと笑いながら私の肩を抱いて、部屋に引き入れた。


「やっぱ女の子がいると華やかでいいよなー。ほら、飲んで飲んで」


「困ります。私、お酒は飲めません。それにもう帰らないと」


 明日も早くから仕事がある。

 私はまだ新入りなのだ。体調はしっかり整えて、仕事をばっちりこなしたい。


「ちょっとくらい、いいだろ。……ん、その箱はなんだ?」


 大事な原稿を入れた箱に手を伸ばされて、私はとっさに身を固くした。


「やめて! 触らないで!」


「なんだよ。叫ばなくてもいいじゃん」


 クィンタが白けた顔をした。

 他の兵士たちが酔った勢いのままこちらにやって来る。


「フェリシアちゃんさー、貴族のご令嬢なんだって? なんでこんなとこでメイドしてるの?」


「貴族様にお酌をしてもらったら、酒もうまいだろうなぁ」


 うわ、めんどくさ。

 前世と違ってセクハラ・パワハラの概念がないこの国では、女性の扱いなんてこんなものだ。

 さっさと退散しないと……。


「お前たち。何をやっている」


 部屋の入口から低い声がした。

 見れば副軍団長のベネディクトが、険しい顔で戸口に立っている。

 兵士たちはびくっとして黙った。


「よう、ベネディクト。お前も飲んでいくか?」


 そんな中でニヤニヤと笑っているのは、クィンタだった。

 ベネディクトは首を振る。


「消灯時間は過ぎているぞ。騒ぐのはほどほどにしておけ。ましてや女性を巻き込むなど」


「あー、すまんすまん。フェリシアちゃんが可愛かったから、つい。嫌だったらごめんね?」


 クィンタがちょっとわざとらしい笑みを向けてきたので、私は息を吐いた。


「いいですよ。私、もう失礼しますね」


「はいよ。気が向いたらいつでも歓迎するぜ」


 廊下に出ると、ベネディクトがついてきた。


「メイド部屋まで送ろう。要塞の中とはいえ、不埒な奴はいる。気をつけてくれ」


「はい。ところで副軍団長は、クィンタさんと知り合いなんですか?」


 先程の気安いやり取りを思い出して、聞いてみる。


「同郷の腐れ縁だ」


 幼馴染カプキタ――!

 私の脳内で大きな『幼馴染カプです』の看板が打ち立てられた。


「軽薄な奴だが、根は悪い人間ではない。魔法の腕も確かだ。ただ、酒癖は悪い。不用意に近づかないように」


 性格正反対の幼馴染カプキタ――――!

 思えば酒の入ったクィンタは、なかなか色気があった。

 生真面目なベネディクトと対照的でとても美味しい。

 これだけでごはん三杯いける。

 おっと、この国に白米はないからパン三個だな。


「……フェリシア?」


「あっ、えっと、すみません。なんでもないです。以後気をつけますね」


 思いもよらぬところで萌え供給を受けてしまった私は、内心のニマニマを押し殺して帰ったのだった。







+++

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