【短編】お兄ちゃん部入部試験記録

吉乃直

お兄ちゃん部入部試験記録

 お兄ちゃん部。それはここ天童学園の中でとりわけ異彩を放つ、由緒ある部活動である。


 活動内容はエリート教育に疲弊した令嬢や才媛に兄として振る舞い疲れを癒し、活力を与えるというもの。放課後や休日に男女が密に交流する状況もあるので入部試験は異常なほどに厳しく、試験合格率はなんと0.2%というありえない数字を誇っている。


 つまり、だ。その0.2%に入ることができれば――思う存分妹を世話をできるということ。しかもひとりだけでなく、何人もの妹を。


 たとえば肩を揉んであげたり、膝枕をしながら子守唄を歌ってあげたり、スイーツを作って振舞うことだって自由だ。


 なんという幸福。想像しただけでドーパミンがドパドパと溢れてくる。


 俺、犬養いぬかいみなとには夢がある。それは思う存分、それこそ四六時中妹のためだけに働くということだ。妹の世話をする、これ以上に心躍ることはない。


 しかし俺には世話をさせてくれる妹がいない。だからこそ『お兄ちゃん部』に入りたいのだ。


 合格率0.2%? ハン、そんなの大した問題じゃない。例え0%だろうと俺は挑戦する。すべてはまだ見ぬ妹のために。


 その熱意を胸に俺はいくつもの試験を突破した。


 例えば基礎学力試験。兄たるもの、不甲斐ない成績では妹に合わせる顔もないというもの。それに妹が勉学で困っていても、自身の頭が足りていなければ手助けすることもできないから。当然、満点で合格。


 例えば運動能力試験。兄たるもの、妹のどんな要望にも応えられるよう体力や運動能力が必要である。そんなこと常識だ。妹をお姫様抱っこした状態で10kmは走れる。これも合格。


 例えば倫理試験。これは妹から同衾(隠語)を迫られたときどうするかなど、いわゆる性行為に準ずる要求にどう応えるかと問うたもの。まさか兄を志す者のなかに性交渉に応じる大馬鹿者はいないと思うが、この試験の難しいところは断り方にある。いかに妹を傷つけないよう断り、そしてどのように本来の目的である癒しを与えるか。この思考の柔軟性を求められた。まあ、当然合格したが。


 他にも座学試験やエンタメ試験など様々な試験を突破して、俺は最後の関門、最終面接まで到達した。


 どうやら最終面接まで残れたのは俺だけとのこと。まあ『お兄ちゃん部』の入部は通年応募が可能なので今年はこれっきりということはないだろうが、とはいえ同じ志願者として不甲斐ない結果に胸が痛い。


 それはさておき。最終面接はなにをするのかというと、現『お兄ちゃん部』の部員が直に志願者と言葉を交わし、試験では測りきれない兄としての適性を見定める……と伺っている。


 最終面接は例年到達者がすくないことや、噂では部外秘のやり取りもあるらしく他の試験と比べて情報がほとんどなかった。


 まあ、だからといって慌てる必要はない。俺の魂には間違いなく兄の資格があるのだから。


「犬養湊さん、お入りください」


 重々しい木製の扉の向こうから名前を呼ばれる。さあ、最終面接が、そして俺の輝かしい兄道が始まる。


 三回ノックしてから、ゆっくりと丁寧に扉を開ける。


「――え?」


 部屋に入った俺は挨拶も忘れ、目の前のありえない光景に情けない声を漏らした。


 部屋はまさしく面接会場のようにセッティングされている。扉から十歩先には志願者用の椅子があり、そこからさらに二十歩先には面接官が三人、横に並んで俺に目を向けている。


 向かって左手は現『お兄ちゃん部』の部長が、右手には『お兄ちゃん部』の顧問教師が座っている。それはわかる。しかし最後のひとり、まるで最高責任者かのように中央で笑みをたたえている女生徒の存在に、俺は激しく困惑した。


「な、なんでお前がいるんだよ……姫咲きさきっ!」


  女生徒――姫咲は風でなびく長い黒髪を払い、童顔とは不釣り合いにも思える凛とした赤い目でまっすぐと俺を射抜く。


「あらお兄様、私との思いがけない出会いに感極まるのは理解できますが、そのような態度は面接に不適切だと思いませんか?」


「ぐっ……」


「おわかりいただけたようで何よりです。それでお兄様の問いに答えるならば、私が生徒会役員だから、でしょうか?」


「生徒会役員が学園のいち部活の入部試験に、それも面接官として参加していいのかよ」


「そうですね。本学園は生徒の主体性を尊重しているので基本的に部外者が部活の活動内容に干渉することは憚られていますが……今回はお兄様が関わってきますのでこの場に参加させていただくことになりましたの」


 手で口を隠し、姫咲は上品に笑う。


 俺をお兄様と呼ぶ彼女は華乃宮はなのみや姫咲。犬養家の本家である華乃宮家の令嬢で、兄妹同然に育ってきた相手だ。


 実際の関係としては従兄妹なのだが、姫咲が頑なに俺を「お兄様」なんて呼ぶものだから、すっかり周囲からも兄妹として見られている。


 いや、まあそこに関しては文句はない。しかし、だ。俺と姫咲は決定的に相容れないところがある。それは、


「しかし、私は悲しいですわお兄様。私という妹がいながら『お兄ちゃん部』このような部活に入ろうとするなんて。初めて知ったときは悲しさのあまりお兄様を監禁してしまおうかと考えましたわ」


「物騒な物言いだな」


「仕方ないでしょう? 私ではない、どこの馬の骨とも知れない妹に愛を向けようとするなんて、私に対する裏切りですわ」


「……じゃあ、姫咲は俺に世話をさせてくれるのか?」


「まさか。お兄様にそんなことさせられませんわ。お兄様はただ私の隣にいてくれるだけでいいのです。私の隣で愛を囁いてくれるだけでいいのです。そしたら、お兄様は私が養って差し上げますわ」


 これだ。姫咲は俺に世話をさせてくれない。兄と慕いながら、飼い殺そうとしてくるのだ。


 幼いころはどんな些細なことでも俺を頼ってきてくれたというのに、どうしてこんな捻くれた思想になってしまったのか。


「さて。お兄様との会話もいいですが、ひとまず面接の、そしてお兄様の入部試験の合否発表としましょうか」


「は? 待てなんだそれは。というかなんで姫咲が仕切るんだよ」


 慌てて部長のほうに目を向けるが、部長は悔しそうな表情で目を伏せる。


 そうだ、姫咲は家に協力してもらったと言っていた。つまり買収されたか脅迫されたかは定かではないが、この場は姫咲の独壇場というわけだ。


「くそッ、こんなことで俺の夢を終わらせてたまるか!」


「結果は不合格です。お兄様は私だけを妹として愛してくれればいいのです」


 パチン、と姫咲が指を鳴らす。それを合図に扉から何人もの黒服が入ってきた。見覚えがある、彼らは華乃宮家の使用人たちだ。


「くぅっ、姫咲ィ!」


「では、続きは私の部屋でお話ししましょう、お兄様」


 抵抗も虚しく、俺は使用人に連行されるのであった。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―



 第243回、入部試験結果報告。合格者なし。


 備考。期待の志願者が現れてくれた。数多くの試験をほとんど満点で合格し、この部始まって以来の最高点を叩き出したのだ。しかし悲しいことにやむを得ない事情から入部を断る結果となってしまった。悲しいことに、私には結果を覆す力はない。だから微力ながら彼の健闘を祈っておく。


 お兄ちゃん部、部長。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】お兄ちゃん部入部試験記録 吉乃直 @Yoshino-70

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画