人類最後のアマチュア作家

柏沢蒼海

人類最後のアマチュア作家

 真っ白な画面のモニターを前に、私はずっと思案していた。

 キーボードのホームポジションから指を離せないでいると、部屋の外から人の気配がする。


 ボロ部屋の外、男性だけが集められた集合住宅は部屋の気密や防音がスカスカだった。

 だから、誰かが入ってくれば足音がはっきりと聞こえてしまうのだ。


 建物中に響く硬い靴音、それが私の部屋の前で止まる。

 次の展開に備えて、物陰に身を隠す。

 間もなくして、玄関のドアを激しくノックしてきた。

 


「開けろ、SF警察だ!」

 若い女の声だった。正義感と気の強そうな感じだろう。

 このまま放っておくと、私にとって不都合な展開になる。時間を稼がなければ……



「令状はあるのか?!」

 私は声を張り上げる。

 そうしなくても声は聞こえるだろうが、そうでもしなければ相手は突入してくるだろう。


 女の大きな溜息がはっきりと聞こえた。


「ある、読み上げるぞ」

 小さく咳払いをしてから、言葉を続ける。


「――違法創作物の制作、が多数……」


「不適切だって? 内容は何だ!?」


 ドアの向こうで苛立っているだろう様子を想像できる。

 だが、黙っていたら私の身が危ない。

 


「……宇宙では音がしない、ミサイルは太陽に向かって飛ばない、タイムトラベルしたら平行世界が生まれる、銃撃で燃料や可燃物が充填された車や容器は爆発しない、宇宙空間では星は瞬かない」

 それは私の作品に対する指摘。

 たしかに、作品内で宇宙空間での爆発を描写したりもした。

 それが間違っているのだと伝えたいのだろう。


 もう何度も聞かされているそれに、飽きてきたところだ。



「それに、男が―――」


 突然、大きな破裂音がした。

 どさり、と物音がする。



 荒々しいノックがして、ようやく状況が終わったと確信する。

 立ち上がって玄関のドアを開けると、そこにはほとんど白髪の頭髪と伸び放題の髭を放置している男がいた。

 手にはリボルバー拳銃、さっきの破裂音は銃声だったのだ。


「遅いぞ」


「無茶言うな、俺だって忙しいんだぞ」

 男は拳銃を懐に収め、わざとらしく肩を竦める。

 そして、足元に視線を向けた。



「こいつらが優秀なのが悪いんだ」


 廊下に血溜まりを作り、壁や窓ガラスに赤黒いものをまき散らしたそれは……想像通り、若い女性。20代前半ぐらいでとても健康的な体型。



「おかげで、俺は毎回のように穴のある肉人形をこしらえなきゃいかん」


「それもこれも、政府のせいだろ」


 昨今、政府は様々な組織を設立している。

 その中でも「表現改正局」その実行部隊である『セイフティフィクションSF・ポリス』は地球上のあらゆる創作物を規制していった。

 その活動は個人の創作物をも標的にして、あらゆる表現を『不適切』と断罪している。


 おかげで、電波放送はメロドラマとニュースしかない。

 一昔前の子供向けアニメも暴力を振るうシーンがあるのは不適切だとして、頭が菓子パンのヒーローや二頭身の青いロボットが出てくる作品も消されてしまった。

 その代わりに、幼稚園児が書いたような低クオリティな絵で会話劇だけが続くといったアニメ作品が流されている。




「こいつも、可哀想なヤツだ。仕事のために産み出され、死んでも代わりが出てくる。おかげでは俺は毎週のようにお前らのを用意することになってるんだ」


「片付けるのは管理人だ、むしろ私は被害者なんだが」



 これまでは倫理観で実現できなかった『デザイナーベイビー』という技術。

 高度な遺伝子研究と解析技術により、受精卵状態から成長後の容姿や能力といった要素を調整できるようになった。

 これにより、大半の労働人口は「デザイナーベイビー」に置き換えられている。


 クローンと何も変わらない。

 だが、私達にそれをどうにもできないのだ。



「彼女達を撃つのが嫌なら、この仕事を辞めたらいい」

「じゃあ、誰がアンタを守るんだ?」


 わざとらしく、男は声を張り上げる。

 懐に入れていた警察手帳を見せびらかした。

 彼は刑事、SF警察で定年ギリギリまで協力させられている悲しき男性警官だ。



「それにな」

 刑事は手帳を戻しつつ、皮肉っぽく笑みを浮かべる。



「この仕事をしてないと、おもしれー作品を手に入れられないからな」

 刑事は捜査するふりをして、私のような作家を守っていた。

 彼のそうした活動がどれだけ大変なのかは、想像するしかない。



「いいのか、SF警察がそんなことをして」


 呆れたような表情をして、刑事は大袈裟な身振りをする。

「アンタはラーメンとハンバーガーとコーラ、それとヤキニクを一生食うなって言われて諦められるのか?」


「それは無理だ」

「だろう? だから、俺はアンタのところに来て、女の頭をブチ抜いて、アンタの新作を書く手伝いをしてるんだ」

 刑事はジャケットのポケットから煙草を取り出す。

 製造している会社や工場は無くとも、個人や反抗する組織が密かに作っている。刑事が手にしているのも、そうしたハンドメイドの煙草だ。

 明らかに手巻きのそれに、火を点けて口に咥える。


 紫煙と共に、ヤニの匂いが広がる。

 以前は不快だったが、今ではそれも許容してしまうようになった。



、だな」


「女共が作ったものは、全部クソッタレだ」


 この惨状は世界各国の首脳に女性が任命されてから始まった。

 あらゆる場所、役職に女性が並び、権力を掌握していく。


 結果、世界は徐々に変わっていったのだ。



 最初はほんの些細なことから始まった。

 女性に男性と同じ立場や権利を、配慮を、……それはいつしか、男性を追い込む方向へシフトする。

 

 異常的なほどの男性嫌悪、組織やチームからの男性排除。

 女性だけが所属できるコミュニティや地域が求められるようになり、その果てには女性だけの国が現れる。

 その女性を守るために、凶悪な存在のは外出禁止の時間が設けられ、挙句には『女性が身を守るために男性を射殺してもいい』という馬鹿げた法律まで作られた。


 結果、我々男性はそうした女性の暴力から逃れるために反政府組織や親男性派の女性が作ったシェルターに身を寄せて生活している。

 そうでなければ、女性の気分次第で殺されてしまう。

  


 自分達が腹を痛めて子を産みたくないという理由で、『デザイナーベイビー』のシステムを構築され、端金のために貧困層の女性が代理母として出産。

 生まれてきた容姿端麗で優秀な子供達は支配層の女性のために奴隷としての一生を過ごすことになる。



 そして、私達のような『普通の男性』は人権を奪われ、労働も娯楽も、自由すら奪われて――――死んだ方がマシな人生を送っている。




「どうにもならないよ、この状況は」


「近々、反乱軍が議事堂に攻撃を仕掛けるらしいぞ」

「やっぱり、そうなるか」


 先月、平和的なデモを行ったらしい。

 それは女性側の警察や軍の部隊によって殺戮現場となった。

 

 悪しき男性は、社会に受け入れられない。

 そのメッセージを、我々は深刻に受け止めている。



「これが宇宙人による仕業ってんなら、ハッピーエンドなんだけどな」

 刑事は笑う。

 冗談でも言わなければ、やってられないだろう。




 人類の半数であるをコントロールし、社会を崩壊させる。

 たしかに、侵略者としての一手のように思えた。


 実際、『対立』を煽ることで社会は容易く崩壊してしまう。

 アフリカなんかが良い例だ。違いがほとんど無かったところに、先進国が文明や変化を持ち込んだ。

 そして、そこにできたは対立を生み、憎悪を作り出す。




「これは……使える」


「なんだって?」


 困惑している刑事。

 彼の言葉で、頭の中でピースが繋がっていく。



「ありがとう、書けそうだ」



「ああ、そうかい。ならさっさと新作を書いてくれ」


 ドアを締めようとしたら、何かが突き出された。

 安っぽい紙袋、その中にはいつものブツが入っているはずだ。



「いつもありがとう」


「男性スラム街、2丁目の駐車場でやってる露店のハンバーガーとホットドッグだ。おまけでフライドポテトも入ってる」

「ばっちりだ」


 笑う刑事に頭を下げ、そのままドアを閉じる。

 廊下から立ち去る足音、管理人がやってきて死体を片付けている音を聞きながら、私はキーボードを叩く。



 反乱軍のために、私は物語を書いている。

 男性が主人公で、誰か、世界、何かのために戦う物語だ。



 物語とは、何かを伝えるための適した形態である。

 反乱軍からは「男の優位性」を示す内容を盛り込め、と指示されているが……私はあえて無視していた。


 伝えるべきメッセージは、それに則した手法がある。

 私はそもそも、作品にメッセージなんて込めたりしない。




 ――面白いのが、全てだ。


 僕は書く。最後の時まで、死ぬまで、誰かに殺されるまで。

 どんな物語でも、どんな状況でも、書くのは辞められない。



 僕以外にも作家はいるだろう。

 でも、僕のような自分の好きなモノを書くことができる作家は排除されていく。

 だから、いつしか……僕も殺されるだろう。



 その順番が、出来ればもっと後の方が良い。

 今はまだ、作品を書いている。



 まだ、書きたいと思っている。

 この、物語を――


 




 

 

 

 

 

 

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