孤高の作家が『心の涙』で綴る魔界の旅路

神崎 小太郎

第一章 苦悩と希望


「おい、神崎小太郎! いい加減にしろ。今やっている仕事を早く終わらせろよ!」


 今日もまた、職場の上司から皆の前で厳しく叱責された。夜明けまでに仕事を終えろというのだ。


 彼はパワハラなど素知らぬふりをして、感情に任せて怒りを露わにしていた。いつも一度火がつくと、もう止められない上司で、皆から煙たがられていた。その叱責で職場全体が凍り付いた。


 管理職とはいえ、この世にこんな時代錯誤の人物が生き残っているのが信じられない。まさにシーラカンスのような存在だ。あほ、うすらバカ、ノータリン、思いつくまま僕らしくない揶揄する言葉が脳裏に浮かぶ。


 これ以上酷い言葉が続くならば、我が社が設置した第三者委員会に訴えてやる。僕はどんなに叱責されても定刻までしか仕事はやらない主義だ。


「冗談じゃねぇ。この野郎、許せない……」と心の中で呟いた。


 僕は苛立ちを覚えながらも、生活のため、こぶしを気づかれぬように握り締め、黙って彼の言葉を飲み込むしかなかった。


 バブルが弾けた年から続く不況の中、収入が増える転職など夢物語だ。時代の流れとともに、IT業界を取り巻く環境もAIの発達で急速に変貌しており、それに応じてコンピューター技術者に求められるスキルも大きく変化していた。


 それでも、度重なるパワハラに耐え抜き、この業界で生き延びてこられたのは、仕事以外に、降り積もる雪をも溶かすほど心を温める楽しみがあったからだ。いつの間にか、窓の外から天気の変わり目を告げる木枯らしが忍び寄っていた。


 そんな固い決意を胸に潜め、やかましい上司の顔色など気にせず、「ざまあみろ!」とうそぶいて、定刻を迎えるといつもの通りオフィスを飛び出して家路についた。けれど、今日の仕事帰りはいつもと違っていた。


「あっ、風花が舞ってる。今年の初雪かも」


 初めての風花が舞い降り、その冷たさと静けさが心の奥底まで染み渡った。まるで心の中の苛立ちを洗い流してくれるようで、感傷的な気分になり、切なさが心に広がった。


 初雪が樹木を凍りつかせるのを観ながら、僕は都会の片隅でコンピューター技術者として働きつつ、ネット小説を書くことを生きがいにしているサラリーマン作家なのだと、改めて実感した。


 仕事から小さくても暖かいアパートに帰宅すると、夕食もそこそこに愛用のパソコンを立ち上げるのが日課になっている。それでも、最近はどうも心ここにあらずの状態が続いていることに気づいた。


 これまで、身を削るような思いで書き上げた作品を『ヨムカクらんど』というユニークな名前のサイトに数多く投稿してきた。このサイトに投稿を始めてから早くも五年が過ぎているが、一度もコンテストで受賞したことはなく心を痛めていた。


 問題は、僕の作品の質ではなく、読者選考という独特なシステムにある。審査員の目に届く前に、いつも圏外へと振り落とされてしまうのだ。そんな理不尽な現実に苛まれ、自分勝手な苛立ちを覚えることもある。

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