「彼岸の恋ークリスマスの奇跡ー」
街はクリスマスイブの夜で賑わい、イルミネーションが空を彩っていた。大学生になった夏美は、友人とのクリスマスパーティーを終え、家路につく途中だった。冷たい風が頬を撫でる中、彼岸の日に出会ったあの人をふと思い出した。
「まさかね…」
誰にも話したことのない出来事だった。お彼岸の日に出会った彼、名前も知らないけれど忘れられない存在。淡い記憶を振り払うように首を振り、足早に歩き出したその時――。
「夏美。」
耳元で懐かしい声が響いた。驚いて振り返ると、そこには彼が立っていた。彼岸の日と変わらない黒髪の少年。少しあどけなさを残す笑顔もそのままだ。
「なんで…君がここに?」
「会いに来たんだよ。特別な夜だからさ。」
彼の存在が非現実的だと分かっているのに、夏美は自然と涙を浮かべていた。
「本当に君なの?また戻ってきたの?」
「うん、今回はクリスマスイブの奇跡ってやつかな。」
彼は優しく微笑み、夏美の隣に立った。
「どこか行きたいところある?せっかくのクリスマスイブだし、少しだけ一緒に過ごそうよ。」
夏美は戸惑いながらも頷いた。彼と一緒にいられる時間がまた与えられたのなら、それを無駄にはできない。
夜の街を歩く二人
二人は冬の街を歩き回った。輝くツリーの下で写真を撮ったり、路上パフォーマンスを見たり、ホットチョコレートを片手に話したり。彼と過ごす時間は魔法のように楽しく、夏美は彼岸の日以上に彼を近くに感じていた。
しかし、ふとした瞬間、夏美の胸にある記憶が蘇った。
「君…どこかで会ったことがある気がする。」夏美はぼんやりとつぶやいた。
「覚えてくれた?」彼は静かに目を細めた。
夏美は少しずつ彼の姿を思い出し始めた。高校の通学路でよく見かけた男子生徒。自分と同じ学校だったけれど、一度も話したことはなかった。
「君…同じ学校だったよね?名前は…」
「そう。俺は君と同じ高校に通ってた。でも、それだけさ。」
「どうして私なんかの前に現れたの?」
「君が、俺のことを思い出してくれたから。それだけで十分。」
彼の言葉に胸が締め付けられる。なぜ、彼は生きていた頃に話しかけてくれなかったのか、なぜ自分は彼に気づけなかったのか――悔しさと切なさが入り混じった感情が湧き上がる。
最後の夜
そのまま二人は小さなカフェに入り、最後のひとときを過ごした。彼が少しずつ話す生前のこと――家族、友人、夢。どれも叶わなかったけれど、彼は穏やかに笑って話した。
「時間だ。」彼がそう呟いたのは、時計の針がクリスマスの深夜0時を指した瞬間だった。
「嫌だ…行かないで!」夏美は彼の手を掴んだ。「まだ話したいことがたくさんあるのに!」
「大丈夫だよ、夏美。君がこうして俺のことを覚えていてくれる限り、俺はずっと君の中にいる。」
彼の姿が徐々に薄れていく。夏美の手から、彼の温もりが消えていった。
「待って!君の名前、教えて!」
彼は消えゆく瞬間、最後に一言だけ残した。
「ありがとう、夏美。」
それが彼の最後の言葉だった。
一人のクリスマス
翌朝、夏美は彼との一夜が夢だったのか現実だったのか分からなくなっていた。しかし、カバンの中に一枚の写真が入っていた。クリスマスツリーの前で撮った二人の写真。
彼岸の恋、そしてクリスマスの恋。どちらも叶わぬ恋だった。それでも、夏美の心の中には彼が確かに存在していた。
「ありがとう…また会える日を信じてるよ。」
夏美は写真をそっと胸に抱きしめ、もう一度空を見上げた。雪が静かに降り始めていた。
彼岸の恋 MKT @MKT321
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