彼岸の恋

MKT

「彼岸の恋」

昼下がりの秋風が穏やかに吹き抜ける。私は墓参りを終え、古びた寺の前で座っていた。彼岸の時期、先祖を敬う行事として欠かせないお参りだが、私にとってはただの形式に過ぎなかった。母の指示で毎年通うけれど、心のどこかで虚しさを感じていた。


「彼岸って、本当に戻ってくるのかな…」小さくつぶやくと、背後から誰かの気配を感じた。振り返ると、見知らぬ男子高校生が立っていた。黒い髪が風に揺れ、制服姿がどこか懐かしさを感じさせる。


「お彼岸だから、戻ってきたんだよ」と彼は笑顔を浮かべた。


「戻ってきた?」私は眉をひそめた。「あなた、誰?」


「俺の名前は…まあ、名前なんて今は必要ないよ。君は?」


「私は、夏美。普通の高校生よ。」


「普通の高校生ね、でも今日は特別だろ?お彼岸だしさ。」


彼の言葉には不思議な説得力があった。周囲の風景が一瞬ぼやけた気がして、私は彼の言葉に引き込まれていく。


「君も、この場所が好きなんだろう?」彼は少し歩いて、古い石塔の前に立った。「ここは俺のお気に入りなんだ。静かで、風が気持ちいい。」


私も同じ場所に近づき、彼の隣に立った。彼の横顔を眺めると、不思議な感覚が胸を締めつけた。


「ねぇ、君はどこから来たの?」私は思わず尋ねた。


彼は一瞬言葉を詰まらせ、そして静かに答えた。「俺は、ここに戻ってきた。お彼岸だからね。」


「それって、どういうこと?」


「俺は、もうこっち側の人間じゃないんだ。君みたいに普通に生きてるわけじゃない。今日は特別だから、少しだけ戻ってこれたんだよ。」


彼の言葉が現実離れしていて、私は夢の中にいるような感覚に陥った。


「じゃあ、君は…」


「そう、俺はもう死んでる。でも、今日だけは君に会えたんだ。」


信じられないような話だった。でも、彼の存在があまりにも自然で、私には否定できなかった。


「もっと早く会いたかったな、君に。」彼はそう言って、優しく笑った。


「どうして、そんなこと言うの?」


「君は、俺が生きてた頃に出会ってたら、きっと楽しかったと思う。君みたいな明るい人と一緒にいたかった。でも、時間は戻せないし、俺にはもう明日がない。」


私は彼の言葉に胸が締めつけられ、涙が込み上げてきた。


「でも、どうして君はここに戻ってきたの?私なんかに会うために?」


「うん、そうだよ。君に会いたかったんだ。君は俺のこと、覚えてないかもしれないけど、俺はずっと見てたんだ。遠くから。」


「覚えてない…?」私は記憶をたどったが、彼のことを思い出せなかった。


「でも、それでいいんだ。君が幸せなら、それで十分だよ。」


その時、寺の鐘が静かに鳴り響いた。お彼岸の終わりを告げる音が、二人の間に沈黙を作った。


「もう時間だな。」彼は寂しそうに微笑んだ。「そろそろ、俺は戻らないと。」


「待って!」私は思わず彼の腕をつかんだ。「行かないで…!」


彼はその手を優しく振りほどき、私の目をじっと見つめた。「ありがとう、夏美。君に会えてよかった。」


彼の体が薄れていく。まるで霧が晴れていくかのように、彼の姿は次第に消えていった。


「待って…まだ、何も言ってないのに…」私は呟いた。


彼が完全に消え去った後、私はその場に立ち尽くしていた。冷たい秋風が私の頬を撫で、涙が静かにこぼれ落ちた。


それから、何度も彼岸の時期になると、私は彼に会いに墓地を訪れるようになった。だけど、あの日の彼には二度と会えなかった。


彼岸の恋、それは成就することのない儚い夢だった。

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