第5話 鹿狩りじゃぁああああ
ということで俺は、クソデカ野生生物にバールで挑む運びとなっていた。
嘘じゃん。正面から挑むって何?
俺は震えつつも、バールを掻き抱きつつ、物陰から出る。
至近距離から見上げる大鹿は、デカイの一言だ。だって普通に歩いて腹の下を歩けるんだもん。どうなってんのマジで。
鹿は、イメージと違って俺に気付く様子はない。まぁ俺が息を潜めているから、というのもあるだろうが。
子供の頃から、かくれんぼは得意だった。「タクくんが見つかんなーい」「もう遅いし帰ろうぜー?」と言われ、本当に帰られたことがあるくらいだ。
俺は少し考えてから、とりあえずバールを鹿目がけて振る。
「とりゃあ!」
逃げ腰の入った一撃は、悲しいかな大鹿には通用しなかった。鹿は一撃に反応して、高らかに跳ね、空中で反転して俺に向き直った。
え、今空中で一回ジャンプしなかった? 最近の鹿って人間と同じでスキル使ったりする?
「ピィィィヨォォオオオオオオ!」
そして、甲高い鳴き声を上げる。ひぃぇえ。俺はガクブルだ。
対格差、というのは勝負ごとにおいて、大きく差をつける。ボクシングで階級分けがあるのは有名な話だろう。
そして、目の前の鹿は、恐らく体重が数百キロとか届く存在だ。いくらモンスターではない野生生物でも、ザコスキルでは、と俺はしり込みしてしまう。
「ピィィィヨォォオオオオオオ!」
だが。
そんな俺のビビリを容認するほど、この隔離地域は優しくない。
「っ!? あぶっ」
甲高い鳴き声を上げながら、大鹿は俺に向かって角を下ろし、勢いよく突進してきた。
それを俺は、危うく回避する。回避した先で、容易く大鹿がブロック塀を破壊する。
ガラガラとブロック塀が壊れるのを見て、俺は口をあんぐりと空けた。大鹿は俺に向き直り、またも甲高い鳴き声を上げる。
「ピィィィヨォォオオオオオオ……!」
「やばい……やばいやばいやばいやばい!」
野生動物が強すぎる! ブロック塀が、発泡スチロールみたいに破壊された!
とするなら、と俺は冷や汗を掻く。
言うまでもなくブロック塀よりも脆い俺である。これ直撃したらアレか? 水風船みたいに破裂する?
「水風船エンドは嫌だぁ!」
俺は街の角を曲がり逃げ出した。すると、大鹿が鳴き声を上げて追ってくる。
走る。走って逃げる! 背中に嫌な予感がしたので、急旋回で角を曲がる。
すると背後から、またも破壊音が響いた。チラと振り返る。やはり大鹿がブロック塀を粉々に砕いている。
「スレ民んんんんんんん! あいつらっ! あいつら絶対許さないからなぁ!」
クソ! ザコスキルでも野生生物ならまぁ行けるでしょ、みたいな雰囲気出しやがって! 無理だろアレは!
俺はまたも角を曲がる。一瞬遅れてすぐに瓦解音が響く。
そこで、俺は息切れしている自分に気付いた。スタミナ切れ。俺はぜーはー言いながら、よたよたと走る。
気付いてしまえば苦しいもの。脇腹が痛い。全身が痛い。走るだけで俺の体にガタが来ている!
「は、はは、おわり、おわった」
俺は半泣き半笑いで進む。曲がり角があったので倒れこむと、俺の服の後ろを引きちぎって大鹿が突進した。
そのあまりの威力に服は千切れ、俺は巻き込まれずに済む。
が、終わりだ。これは。終わりです。
「ぜーっ、ぜーっ」
少しだけ歩いてから、俺はバールを杖に辛うじて立ちつつ、大鹿に振り返った。
大鹿は角からポロポロと瓦礫を落としながら、「ピィィイ……ヨォォオ……」と鳴いて俺を見る。
対峙。死線。逃げる体力すら失った俺は、全力でも攻撃のまるで通じない大鹿に向かう。
「大鹿くんさぁ……頼みがあるんだけど……」
汗だくで苦笑しながら呟く俺に、大鹿は地面を掻いて助走を付けようとしている。
「やるならさ……、痛みなく逝けるように、思いっきり頼むわ……」
俺の頼みを聞くや否や。
大鹿は、走り出した。
大鹿が一瞬で俺との距離を詰める。眼前には梵字まみれの巨大な角。ブロック塀を破壊せしめた大いなる武器が、梵字を光らせ迫っている。
こーれ食らったら一発だわ。そんな風に思っていたのに―――しかし俺の生存本能は、無意識で防御を取らせた。
大鹿の突進をバールで受け、俺は空中に舞い上がる。
「うぉぅわぁぁああああああ!?」
見たことない景色の中に投げ込まれて、俺は悲鳴を上げた。高い! すっごく高い! 地上八メートルくらいにぶっ飛ばされた!
俺は目を丸くして地上を見下ろす。大鹿は俺にトドメを刺すべく、俺目がけて飛び上がった。
普通なら、大鹿の巨躯でも届かない高さ。しかし大鹿は、空中でさらにジャンプをして俺に迫る。
……しかし、しかしだ。
「ん? えっ? いや、空中でジャンプできんのはすごいけどさ」
俺は大鹿の動きが理解できなくて、首を傾げる。
だって、大鹿くんよ。お前の強みって体格じゃん? その体格の強みって、『俺の有効打が弱点に入らないこと』じゃん?
突進とかなら攻撃の隙もなかったけど、そんなふわっと飛び上がったらお前……。
「弱点攻撃してくれって言ってるようなもんじゃん。何してんの?」
俺はバールを大鹿の角に引っ掛ける。くんっ、とバールを引いて、俺は大鹿の角の懐に入りこむ。
大鹿は、それに目を丸くした。
いや、え? マジで? これ素でやっちゃったの? あーあ。じゃあお前、ダメだよそれは。
「こっちも生き残りたいからさ」
俺は包丁を抜き放つ。
「そっちがやらかしたら、そこ突かなきゃならんよ。ごめんな」
そして俺は、大鹿の目に包丁を突き刺した。
「ピィィィヨォォオオオオオオ!」
大鹿は悲鳴を上げる。俺はそれに構わず、さらに包丁を深々とえぐりこむ。
大鹿の目から血があふれ出る。包丁の長さが足りない、と俺は目から抜き放ち、返す手で頸動脈を掻き切った。
鹿の首から、大量の血が流れだす。
大鹿は空中で首を振り暴れる。だが、もはや意味はない。肝心なところで、大鹿は悪手を打った。それを突かないほど、俺もお人よしではない。
その時、ふっ、と大鹿の全身から力が抜けるのが分かった。
大鹿が死んだ。俺は残った片目の色から、それを察する。
俺は大鹿と共に落下する。それから大鹿の全身をクッションにして、着地を目指した。
「よっ、ほぉっ、せ! 五体満足!」
一瞬ヒヤッとしたものの、最終的に俺は、ぴょんと地面に着地した。両腕を揃えてあげて、体操選手スタイルだ。
それから、振り返る。改めて、とてつもない大鹿だ。梵字が入った全身がイカしている。
これを俺が倒したのかぁ……。
そう思うと、俺は堪らなく嬉しくなって、叫んでいた。
「――――よぉぉおおおおっしゃぁあああああ!」
ぴょーん、と飛び上がる。うれしくてジャンプしちゃった! ひゃっほう!
「すげぇっ! すげぇぇぇえ! こんな、こんなデカイ鹿、俺一人で倒せるんだ! すっげー! ザコスキル、ばんざーい!」
スレ民は嘘を言っていなかった、という事らしい。匿名掲示板なんか、自分含めカスしかいないと思っていたが、中々いい奴らが集まっていたようだ。
「何だよおーい! ザコスキルでも野生動物相手なら頑張れるじゃーん! すっげザコスキル! 日用品なんちゃら、捨てたもんじゃないぞおい!」
俺は嬉しくって小躍りしちゃう。ピコン、と音がしてスマホを確認すれば、こう表示されていた。
『おめでとうございます! あなたのスキル
日用品マスター
が、Lv.1→Lv.2にレベルアップしました!』
見事アップしたレベルに、「うっし!」とガッツポーズ。全身に疲れはあるが、それ以上にドーパミンドバドバで気にならないくらいだ。
それから、これより来たるごちそうに、じゅるりと俺は唾をのんだ。
「となると……うぇへへへへ、ここからは剥ぎ取りタイムって奴だな。とりあえず、このデカさの鹿は移動させられないから、えーと?」
俺はスマホで、鹿を狩ったらどんな処置が必要なのかを検索する。
「えーと? 頭を下にして、頸動脈を切り、放血……出来てるな。偶然だけど少し坂になってるわここ。っていうか血抜きじゃん。釣りと同じだわ」
運がいい、と思いながら、続く処置も読んでいく。内臓……吊るす……冷やして……皮を剥ぐ……?
「道具がいるな」
現状だと、できることが少ない。しかしこれだけの大きな肉を、そのまま腐らせるわけにもいくまい。
「ダッシュだ! ダッシュで道具がありそうな店に行くぞ!」
と、その前に。
俺は写真を撮って、スレを開く。
―――――――――――――――――――――――――――
330:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
イッチ~! 逃げられたら現れてくれぇ~!
331:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
俺らの勘違いで人を一人死なせたかもと思うと、こう、流石に胸が苦しいというか
332:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
匿名掲示板だからって、適当ばっか言うんじゃなかったわ……はぁ……
333:名前:隔離ニート
ん? どした? 何でお通夜みたいになってんの?
334:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
イッチぃ! 生きとったんかワレェ!
335:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
逃げれててマジでよかった……! 流石に死人出すのは洒落にならん
336:名前:隔離ニート
……? 何かよく分からんけど、さっきの鹿は狩れたぞ
↓
URL:https://www.shashin_keisai.com/××××
337:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
えっ
338:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
はぁ!?
339:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
うそやん
340:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
えっ、A級モンスター一人で狩ったのお前?
341:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
日用品系のザコスキルちゃうかってんかお前
342:名前:隔離ニート
その通りのザコスキルだが
343:名前:隔離ニート
お前らどした? 野生動物って話だったじゃん
344:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
だから、そいつ野生動物じゃねぇって言ってるだろ!
A級モンスター! 凄腕の冒険者でも苦労する奴!
345:名前:隔離ニート
またまたー。そんなクソつよモンスターを、ザコスキルの俺が倒せるわけないじゃんね
346:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
だから俺たちが騒いでるんだよなぁ……
347:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
うわ、写真見たけどマジじゃん。鹿全身梵字入っとるわ。あとイッチ、ピースすんなお前
348:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
ガチでバール武器にしてる。しかも鹿が目と首から血流しててクソグロイ
349:名前:隔離ニート
お前ら急に手のひらクルクルしても、今更信じないからな?
どうせアレだろ。俺を調子乗らせて、危険なところに向かわせるつもりだろ
350:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
しねぇよ! さっきそれでお通夜ムードだったんだよ!
351:名前:隔離ニート
まぁスレ民がカスなのは昔からか……
じゃあ俺、解体用の道具を集めてくるから、また後でな!
352:名前:ダンジョンマニアの名無しさん
ちょっと待て! ちゃんと説明しろ!
―――――――――――――――――――――――――――
俺はスレ民のカスを放っておくことにして、ニマニマと笑みを浮かべながら走り出した。
待ってろよ鹿肉! 今日からしばらく、鹿肉パーティじゃぁぁぁああああ!
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