第3話 家出て一秒でバトル

 俺はヤケを起こした勢いで、思いっきり扉をあけ放った。


「ゴブリンがぁっ! ナンボのもんじゃぁぁああああ!」


 ドアノブを捻ってから、扉を思い切り蹴飛ばす。何となく軽くなった気がするバールを掲げて、不意を打とうとする。


 だが。


「ギィ……?」


「ひっ……」


 それも、実物のゴブリンを目の前にするまでしかもたない、ただの空元気だった。


 俺は息を飲んで、たたらを踏みながら後ずさる。


 ゾクリ、と背中に走る冷たさがあった。ゴブリンの、俺を見る黄色い目。異形のモノが放つ、人生で初めて受けた殺気。


 剣だとか何とかを、スレ民は「まともな武器」と言っていた。そして、バールはまともな武器ではないと。


 ならば、と俺は思う。


 バールを振るったところで、ゴブリンに効かなかったら? このゴブリンがもつ棍棒で滅多打ちにされて、これから俺は死ぬのか? と。


「ぅ、く……」


 俺のビビリが、最悪の場面で顔を出す。体が硬直し、体勢が勝手に逃げ腰になる。


「クソ……なんで、何でそんなところいるんだよぉ……!」


 俺は歯を食いしばって、ゴブリンを睨みつける。


「家から一歩も出てないのに、何で……! 逃げることすらできない位置に、お前、いるんだよぉ……!」


 ゴブリンは、開いた扉にニタリと笑って、家の中に足を踏み入れた。


 最悪だ。こんなの、ゴブリンを招き入れただけだ。


 せめてゴブリンがいなくなるまで待っていれば。ああ、ヤケなんか起こすんじゃなかった。そんな後悔が、俺の中に募る。


 だが、状況は変わってしまった。変わってしまったのだ。嘆く暇などない。


 俺は、バールを構える。


「ギィイイイ!」


 ゴブリンが俺を威嚇するように、雄たけびを上げた。それから、めちゃくちゃに棍棒を振るいながら、前に出てくる。


 それに俺は、全身が震えるほどの恐怖を覚えた。


 明らかに俺を獲物と見ている目。本物の殺意。そんなもの人生で受けたことがなくて、俺は狼狽えた。


 どうすればいい。ゴブリンは棍棒を振り回しまくっていて、近づけない。そのままじっとこちらに近寄ってくる。


 つまり、じり貧だ。俺はビクビクと震えながら少しずつ交代する。


 ゴブリンの棍棒の威力は高い。壁やシンクにぶつかっては、軽々とへこませてしまう。ヒョロガリの俺なんか、一発で――――


 え、ちょっと待ってちょっと待って。


 壁、へこんでね? シンク、変形してね?


 え、これ、これさぁ……。


「……敷金、吹っ飛んでね?」


 俺は、引きつった笑みを浮かべた。


 恐怖がしぼんでいく。代わりに、怒りがメラメラと燃え上がる。


 家、この四年間、大事に扱ってきたのだ。ニートだから。稼ぎがないから。せめてきれいに使って、敷金取られないようにと気を遣ってきたのだ。


 でも、ゴブリンの所為で台無し。


 俺の数年間の努力が、この緑色のチビの所為で、今無に帰した。


 俺は怒りで震える手で、ゆったりとバールを担ぐ。


 そして、言った。


「ぶっ殺す」


 下からカチ上げるように、バールを振るう。狙うは棍棒。振り回される棍棒にバールが当たると、カァンッ、と音を立てて、ゴブリンがのけぞった。


「おっ……?」


 それに、俺は驚く。思ったよりも体が動く。その実感に、目を見開く。


 バールが軽くなったことに、スキルの恩恵は感じていた。しかし、まさかここまで簡単に、棍棒に打ち勝つとは。


 俺は、納得感に、かすかに笑う。


「なるほど、これがスキルってわけか」


 納得しつつ、俺はバールを高く掲げ、踏み込む。狙うは脳天。


 曲がった先端を下に向け、俺はゴブリンにバールを叩き込む。


「ギィイイッ!?」


 強い衝撃を受けたと見えて、ゴブリンはそれで大きくグラついた。俺はさらにバールを横に振るい、ゴブリンを壁に叩き付ける。


 しかし、ゴブリンは死なない。何かトドメを刺すものが必要らしい。


 ならば、と俺はシンクから包丁を取って、ゴブリンに突き刺した。


【包丁致命】


「ギィィィイイイイイイ!」


 ゴブリンが叫ぶ。生暖かい血があふれて手にかかる。同時、脳内に、『包丁致命』という謎の言葉がよぎる。


 ゴブリンはそれから少ししてぐったりとその場に崩れた。確認して見る限り、恐らく死んだらしい。


「……い、今思い浮かんだのは、スキルの効果、みたいな奴、か……? ははっ、致命って。死にゲーかよ」


 ちょっと笑う。すると俺は気が抜けて、その場にへたり込んだ。


「何はともあれ、勝った~……はぁ……戦ったら、疲れたな……」


 そこで、スマホがピロンと鳴る。


「ん?」


 ポケットから取り出してみると、画面にはこう表示されていた。


『おめでとうございます! あなたのスキル

日用品マスター

が、Lv.0→Lv.1にレベルアップしました!』


「……あ、そういえば俺、そもそもレベルゼロだったのか……」


 ウケる。それはそれとして、成長が機械にでも認められるというのは、気持ちがいいな、と思う。


「嬉しいけど、今日はもう疲れた……」


 血まみれの廊下に視線を向けながら、俺は一息つく。あー……今から掃除のこと考えたくない。


 俺はバールを杖にして立ち上がる。それから、これからすべきことを考える。


 食料を探して? 掃除もして? モンスの襲撃にも備えて?


 俺はそれらのタスクを脳裏に浮かべて、ものすごくげんなりしてしまった。


 無言でスマホを開き、スレに書き込む。




―――――――――――――――――――――――――――――――


123:名前:隔離ニート

ヤケになってゴブリンとバトったら勝ったわ

一応証拠写真

URL:https://www.shashin_keisai.com/××××


今日はつかれたからもうねる


124:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

ちょっと待て


125:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

マジかよガチで勝ってるよこいつ


126:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

絵面がゴブリン殺人事件のそれで草


127:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

え? 日用品系のスキルでゴブリンって勝てるん?


128:名前:ダンジョンマニアの名無しさん

基本は無理なはずなんだけどな……


―――――――――――――――――――――――――――――――




 何かスレ民が書き込んでいるが、俺はもう疲れたのだ。ニートの体力のなさを侮るなよ。


 俺はふらふらと自室に戻り、それからベッドに倒れこむ。











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