第5話 謝罪と戸惑い




 あれからメイドに支度を手伝ってもらい、なんとか自家用馬車に乗り込んだ。


 皇都のエクリプス邸から皇城まではそれほど時間はかからない。

 少し経てば御者が扉を開けてくれて、目の前にはガルディオス帝国の真髄とも呼べる高貴な場所が広がっていることだろう。


「……懐かしい」


 窓の仕切りカーテンの隙間から街並みを眺める。

 傭兵時は皇都に訪れる機会もなかったので物珍しげな目を向けてしまう。


 1度目が皇都暮らしの生粋なお嬢様だったとしても、傭兵の記憶を引きずっている影響から少しだけ気後れしていた。


「なにが懐かしいのですか」

「街並みとかお店とか、景色とか。何もかも――あ」


 そこまで言って、馬車内は私だけではなかったことを思い出す。


 色々あってエクリプス邸を出てから一緒にいるアレックスが、疑わしげにこちらを見つめていた。


「昨日の今日で懐かしいと感じるほど、どの辺が変わったんです?」


「あ、あー……いまのは言葉の綾みたいなもので。ほら、それぐらい毎日新鮮な気持ちでいたほうが新しい発見に出会えるかもしれないでしょ?」


「何を言ってるんですか」


 手厳しい。

 冷ややかに返されてしまった。


 とはいえ、アレックスの態度は初めからこうだ。


 朝の食堂、部屋を訪ねたとき、そしてドレスルーム。無視をされたりとかはなかったけれど、言葉や態度の節々から棘が感じられた。


(これは私がアレックスにとってきた態度の結果。仲が良かった瞬間なんて一度もなくて、私が歩み寄ることを拒否していたから)

 

 1度目の私は、お父様の後妻の子であるアレックスをひどく嫌っていた。


 同じくお義母様のこともよく思っておらず、笑い合った記憶もない。


(お母様が死んでしまって、気持ちの整理がつかないままお父様はお義母様を迎えた。そして子どもながらに葛藤して、否定してしまったんだと思う。――お母様以外の人は認めない、家族ではないと)


 お父様も口数が多い人ではなかったから、考えが読めなくてさらに不安だった。


 私やお母様はもう必要ないんだと、たぶん勝手に自己完結していた気がする。


(だから、その感情の矢がアレックスにも向いていたんだ。…………3度目のいまだから自分の内面を冷静に見られるなんて、なんというか皮肉なものだわ)


 でも、そうと分かれば話は早い。


 1度目の私の感情は十分に理解できる。そして、それらを踏まえてが取るべき行動は真っ向からの拒絶じゃない。


「アレックス。私、あなたに言いたいことがあるの」


「なんですか」


「急だと思われることは分かっているんだけど。でも、いま言うべきだと思ったから」


「だから、なにを」


 いつもとは違う空気を察したのか、アレックスは身構える。


「――…これまでひどい態度をとってしまって、ごめんなさい」


 真っ直ぐその幼い顔を見つめると、一瞬だけ水色の目が震えたような気がした。


 訳が分からない。

 無言になったアレックスの表情がそう伝えている。


「朝から変だとは思っていましたけど、やっぱり本当におかしいです。だって、姉さまが、そんなこと僕に言うわけない」


「……うん。確かにそうだったね」


「姉さまは、僕を嫌いなはずです。だから僕も、姉さまが嫌いなんです」


 まるで自分に言い聞かせているようだと思った。

 

「嫌いじゃないよ。アレックスのこと、嫌いじゃない。本当にごめんなさい、アレックス」


「――っ」


「ローザリア様、アレックス様。到着いたしました」


 アレックスが口を開きかけた瞬間、御者の声が聞こえてきた。

 同時に扉が開かれ、外からの光で視界が眩しくなる。


「あ、アレックス……!」


 私が光に怯んでいる隙にアレックスは馬車を飛び出してしまった。


 呼び止めてもアレックスがこちらを振り返ることはなく、私は状況が分かっていない御者と共にその後ろ姿を見つめることしかできなかった。

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