第4話 ドレスルーム




「アレックス!」


 3度目の人生は、ディミトリアス殿下とフェリシア嬢の邪魔はせず、死を回避したい。


 午前中にそう意気込んでいた私は、昼前になってアレックスの部屋に駆け込んでいた。


「ノックくらいしてくださいよ!」


「え、しなかった?」


「返事する前に開けたらノックの意味がないじゃないですかっ」


 逸る気持ちをうまく抑え込めず、アレックスに助言を求めていた私は、傭兵人生の癖でノック後すぐに入室してしまった。

 

(ノックはあってないようなものだったし……)


「ごめんなさい、ちょっと慌てちゃって」


 気を悪くさせてしまったかと様子を窺う。

 そこには予想に反し目を丸くして体を硬直させるアレックスの姿があった。


「姉さまがご自分の行いを反省するなんて……そもそも僕の部屋に来ること自体おかしい。やっぱり朝から変だ。医者を呼ぶべきなんじゃ……」


 続いてブツブツと独り言をこぼし始める。


 どうやらディミトリアス殿下が婚約者候補フェリシア嬢を連れてきたショックで頭がおかしくなったと思われているらしい。


 弟の部屋に訪ねたくらいでこんな反応をさせてしまうとは、これまでの私とアレックスの関係がいかほどのものだったのか嫌でも分かってしまう。


「って、いまは急ぎなのアレックス! あなたしかはっきり言ってくれそうな人がいないから」


「……なんのことですか?」


 警戒を滲ませながらアレックスは不思議そうに首を傾げる。

 私はその手を引いて自室へと引き返した。




 ***




「このドレス、どう思う?」


「………………いつも通りです」

 


 言葉を溜めたあと、アレックスはやや視線を逸らして答えた。


 私は正気かと見返すけれど、その反応を見れば本心が別にあることは一発だった。


(ああ……少しずつ思い出してきた。アレックスの言う通り、確かにこれが私のいつも通りだった)


 それでも朝に着用した部屋着兼屋内用のドレスワンピースは普通だったのに。趣向がガラッと変わった外出用ドレスを目にした私は、思わず遠くを見そうになった。


 ふりふりのレースに、たっぷり縫い付けられた大小それぞれのリボン。

 色は濃いピンクのものが大半を占めている。


 部屋に隣接されたドレスルームに保管される煌びやかなドレスは、お世辞にも18を迎える貴族の子女が好んで着るようなものではなかった。


 たとえば5歳児が身に包むならとても可愛らしく微笑ましいけれど、私が着るとなると――


(ドレスに着られているようなものじゃない?)


 デザイン云々の話ではなく、これを着るには年齢がそぐわない。好んで着ているとかではないならなおさら不自然だ。


 それはドレスだけじゃない。頭からつま先と、それぞれの用途に合わせて並ぶ装飾品も、幼い少女が膝に乗せて愛でるドール人形に纏わせるような派手なものばかりだった。


(傭兵のときは男所帯でキラキラふわふわなドレスを着る機会もなかったから、好みが変わったのかもしれない)


 そもそもの話、どうして私がドレスルームにアレックスを引っ張りこんで頭を悩ませているかというと。

 

「早く着るものを決めないと、お茶会に間に合わない……」


 そう、午後からお茶会の予定が控えていたからだった。


 しかも場所は皇城内の花園。前々から決まっていたお茶会には、私を支持する貴族の令嬢が多く参加する。


 正直こっちは記憶を思い出したばかりでお茶会どころじゃない。


 悪女ローザリアと女傭兵リアの記憶をもう少し整理したかったのだけれど、急遽不参加の報せを送ろうものなら、変な憶測を立てられそうで面倒くさい。


 それにいまの状況をより知るためにも、情報収集や周囲の反応に触れておくのは必要だと思った。


 というわけで、午後の予定をメイドから教えられた私は、当日のこの時間になってドレス選びに四苦八苦しているのである。


「早く決めればいいじゃないですか。いつものように、迷うこともないでしょう」


「迷うこともない……そう、そうね……ううん、これ……いやこっちのほうがまだ……」


 むしろ迷うドレスしかないというか、もうこれ選べるのかすら疑問である。


「いまさらどうしたんですか。皇妃陛下から賜ったドレスを誰よりも気に入っていたのは、姉さまだったくせに」


 怪しむ目つきのアレックスに言われてハッとした。


 そうだ。このドレスルームに溢れんばかりにある品物は、すべて皇妃様から贈られたものだった。


 それを私は自慢に思っていたし、交流の場では優越感に浸りながら見せびらかしていた。


(……これを、皇妃様が)


 なぜだろう。1度目はあんなに誇らしく、悦に浸っていたはずなのに。

 いまはどうしても、それを素直に受け入れられない自分がいる。


(って、そういうことはあとで考えよう。そろそろ着替えないと本当に遅れてしまう。でも、どれにしよう――あ!)


 きょろきょろとドレスルームを見渡したとき、視界に入ってきたあるドレスに私は「これだ!」と駆け寄った。


 部屋の隅っこに隠れるようにして掛けられたほんのり青みのある白地のドレスは、派手なドレスに囲まれているせいか一見質素な印象を受ける。


 けれど、自然と目を引く上品さがあり、質の良いものだというのは触らずとも分かった。


「決めた、これにする! アレックス、どう?」


 私はドレスをそっと引き寄せ、体に当てる。


 振り返って確認してもらうと、アレックスは信じられない形相でドレスと私を交互に見つめていた。

 

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