1‐9
「あの子は使えそうかな?」
支部長の権蔵寺隆一は、今年で五十七となる老人でありながら、なお覇気を漂わせる好々爺としつつもどこか爪牙を隠した獅子を思わせる人物だった。
そんな彼の傍らには、隆一を獅子とするならそれはまるで虎のような佇まいの、妙齢の女性が付き添っている。
彼と相対するとき、瑠奈は自然と背筋が伸びるのを感じた。
「初陣で物怖じせず――まあ、初めは怖いとかなんとか言ってましたが、問題なくグールを討伐」
「ほう……初陣でヴァンパイアを倒すとは」
「のみならず、グールロードに対してソウルアーツを発動し、ブラッドバーストと思しき行為を行いました」
「ふむ、戦闘のスキルは高いようだな。まあ、それも当然か。彼の父はあの
「支部長」
「おっと……」
控えていた女性が囁くと、隆一は失言をしたという顔になって口を噤んだ。
彼の父は、ダンピールだったのだろうか、と瑠奈は考える。ダンピールの血を引く者はほかの人間よりも遥かに高いブラッドアームズ適性を持つ。
所謂、『ダンピールチルドレン』というやつだ。
瑠奈は純粋な人間から生まれたが、奏真がもしダンピールチルドレンであるというのなら初陣で見せた高い戦闘スキルにも納得がいく。
けれど彼は、両親がダンピールであるとは言わなかった。もっとも孤児院育ちだったというし、知らぬ間に両親が死んでしまったということもあり得る。
この話題については知りたい気もするが、彼の心を尊重するなら黙っておくべきだ。
ほんの少しの精神的な揺らぎが、戦場で生死を左右するということは、往々にして起こる。
だが、どうしても気になるので、瑠奈はこの場だけで、と考えてから訊いた。
「彼はダンピールチルドレンなのですか?」
「いや、違う。彼の父が少し特殊でな。ダンピールではないのだが……ともかく、奏真くんは第三世代……始祖のダンピールというだけでない意味でも特殊だ。目を光らせておいてくれ」
「……了解」
なにやら彼には理由がある。それだけはわかった。
◆
父と母は死んだ。十三年前、蒼目の化け物に襲われて。今ならそいつが始祖だということがわかる。セダンの中で聞いた話が本当なら、そいつは始祖で間違いない。
そして始祖は恐ろしく強い、とも聞かされていた。
自分では到底追いつかない実力を持った腕利きが八人がかりで挑んでようやく倒したような化け物だ。
けれど、自分はいつかあいつを滅葬する。両親を殺したあいつを――
「やあ、おはよう」
「……リリア、さん」
「できれば博士、と呼んでくれないかな」
奏真は寝かされていたということに遅まきながら気づき、起き上がった。布団をどかすといつの間に直されたのか、傷一つないブラックスーツを着こんでいた。
窓から外を見てみるが、ジオフロントは煌々と輝き、昼なんだか夜なんだかわからない。ここには昼夜がない。
視線を巡らせていると部屋の時計を見つけることが出来て、今が午後の十時半だということがわかった。
病室のようだ。リリアの研究室ではない。
(さっきの戦いは、夢?)
「瑠奈から聞いたよ。初陣、なかなか良かったそうじゃないか」
「え?」
「ん……記憶喪失にでもなったかな。君は今から九時間ほど前に初陣を経験したんだよ。グール三体と、グールロード一体」
「あ、ああ。けど俺がグールを倒してる間に瑠奈が残りを倒して……えっと、確か」
「君が残るグールロードを倒したんだ。ソウルアーツとブラッドバーストを使ったそうだね」
「……?」
「覚えてないかな? 瑠奈の報告じゃ雷属性を早速使ったとあるが」
「あ、ああ。剣から出たんだ。紫色の雷が」
「それがソウルアーツだ。いや、しかし素晴らしい。初陣でいきなりソウルアーツを使えるダンピールは結構少ない」
「そうなのか?」
「瑠奈も初陣では異能を使えなかった。銃弾も既存の火薬式のものを使っていてね、囮をしていた。ソウルアーツに目覚めたのは四度目の任務のときだったかな」
「へぇ……」
「実に素晴らしい。大抵、初陣ではヴァンパイアに慣れることくらいしかできない。シミュレーターで高い成績を出したものでさえ、実験用の本物を見ると腰を抜かす」
そんなようなことを言われた記憶がある。
「実際の戦場に立たせればロクに戦えない。ブラッドバーストまで使えるとは、さすが始祖というべきかな」
「俺、見てるだけで怖かった」
「けど君はグールどころかグールロードまで倒してしまった。素晴らしいよ。支部長も喜んでいた。これで君は正式に特務分遣隊ヘルシングの一員だ」
「特務分遣隊? ヘルシング? そういや瑠奈もそんなことを……」
「特務分遣隊ヘルシングとは、パンドラ計画の被験体でのみ構成されたチームのことだ。ゆくゆくはそれ以外も取り入れるつもりらしいけどね」
今のところは試験運用段階のチーム、ということだろうか。
「パンドラ計画のことは瑠奈が話したと言っていたが」
「ああ、始祖のダンピールを創る計画だと」
「そうだね。まあ、第三世代ダンピールを創造する計画。もっとも、それが計画の全てではないんだが……まあ詳しくはじきにわかるだろう」
「どういうことだよ。気になるな」
「私も全てを知っているわけじゃないんだ。計画には秘匿事項も多い」
「……?」
「血盟騎士団も一枚岩じゃないんだ。いろんな思想を持った役人がああだこうだと議論を交わし、勢力争いをしている。パンドラ計画はそんな中で打ち立てられた」
「俺たちは政治の道具じゃない」
「けど、君たちを利用しようという者は少なからぬ割合でいるだろう。でもまあ安心したまえよ、ここ東海支部は保守的な考えを持った権蔵寺支部長が安定して運営している」
「だといいんだけどな……」
「心配するな。政争なんて対岸の火事さ」
「それならいいんだけどな……で、これなんだ?」
左腕に刺さる二本のチューブを目に、リリアに問う。
「ああ、それは透析だよ」
「透析? 俺、別に糖尿病じゃないんだけど」
「ああいや、違うよ。腎臓透析じゃない。『血装透析』というんだ。ブラッドアームズに適合したダンピールは六十日に一度、これを受ける」
「どうして?」
「血中の……まあ、要するに毒素を取り除くんだよ。私は魂と繋がる血を清潔にし、魂の汚染を防いでいると考えているがね」
「魂の汚染……」
もしかして、その魂が汚染された存在がヴァンパイアなのではなかろうか――一瞬そう思えたが、奏真は口を
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