1‐8

「でさ、瑠奈」


「なに?」


「お前の腰に色々ぶら下げてるけど、それ、なんだ?」


 彼女のスカートにはベルトが交差されており、そこにはポーチや円筒形の手榴弾のようなものがぶら下がっていたりする。


「爆弾なんてヴァンパイアに効くのか? 戦車砲だって通じない相手だぞ?」


「これは閃光音響手榴弾……フラッシュバンよ。大きな音と光で敵を一時的に混乱させる」


 そのほかに吊るしてるのは、と奏真が訊くと、彼女は答える。


「ほかは回復剤や治療道具、水筒や携帯食料よ。あなたはいきなりだったから、通信機やCLDすらもらえなかったのね」


 そう言って、瑠奈は右耳にはめた紡錘形の機械をこつこつ叩いた。あれが通信機か。ところでCLDとはなんなのか。


「回復剤……治癒力があるのに?」


「はぁ……なにを聞いていたの? ヴァンパイアの攻撃は私たちにも傷を与える。治癒力が追いつかないこともあるってことよ。それを補助するのが回復剤」


「あ、そっか……ごめん」


「まあ、グール相手なら必要のないものね」


 その回復剤とやらを瑠奈は見せてくれた。針のない圧力式の注射器だった。青い液体が入っていて、これ一本で十回は使えると言った。


 しかし同時に制限もあって、二十四時間以内に十回以上の接種は血の暴走にも繋がりかねないから、十一回目はどんな場合においても禁止されているとのことだった。


 それでも一人につき二つずつ支給されるのは、いざというとき仲間に使うためだという。


「さ、実戦よ」


 瑠奈が足下に転がる石ころを拾い上げ、それをグールの一体に投げ飛ばした。距離は軽く六十メートルはあったと思うが、石は銃弾のように真っ直ぐ飛び、グールの後頭部に当たった。


 一体が石の飛んできた方向に歩き出す。ほかの二体は食事に夢中で気づく様子はない。


 グールが奏真と瑠奈に気付いた。軋んだ声を上げ、腰を落として血まみれの口を開ける。死臭が鼻を衝いた。


「戦ってみなさい。――滅葬開始」


「どうやって!?」


「武器を振るえばいいのよ」


(マジで言ってんのか? ――クソ、こうなりゃやるしかない!)


 学校の体育でやった剣道を思い出し、紫雷を正眼に構える。グールが鋭い爪を突き出してくるのを横に跳んで躱し、地面を蹴って踏み込む。


 剣技など知らぬ身でなお放てるのは真正面からの脳天唐竹割。


 真正面から振り下ろされた一刀は、グールの右腕を肩から斬り落とした。


(よし!)


 黒い血が迸り、グールがたたらを踏む。これが格好の隙だと思った奏真は一気に勝負をつけるべく駆け、


「――ッ!」


 回転すると同時に振るわれたグールの鞭のようにしなる左腕を腹に受け、地面と水平に飛んだ。背後のバスに背を叩きつけ、暴れる肺が空気を求めて、思わず咳き込む。


「いって……」


 見ると、ジャケットとその下のベストとワイシャツが裂け、血が滲んでいる。しかし切り傷はその沁み込んだ血を吸い込み再生していた。が、剣がない。どこかに落とした。


 金切り声のような咆哮が耳朶を叩き、奏真ははっとした。


 腹を見ている場合ではない。奏真はすぐにバスから離れ、グールの追撃を躱した。


 そうしてグールの伸びきった左腕を掴み、今度は柔道の授業を思い出して背負い投げを決める。放り投げられたグールはバスの窓ガラスをぶち抜いて車内に突っ込んだ。


「紫雷……!」


 三メートルもないところに落ちていた。すぐに拾うと、バスからグールが飛び出す。右腕の肩の断面から黒い血を迸らせながら、グールは左の突きを繰り出す。


(それはもう見切った!)


 紫雷の腹でそれをいなし、懐に入ると胴を斬りつけた。刃渡り七十センチの刀身はグールの腹を見事に両断し、上半身と下半身を分割した。


 大量の血を失ったグールは残った左手でアスファルトを掻き毟り、赤い目で奏真を恨めしそうに睨んだきり、動かなくなった。


「やった……」


「及第点ね。一撃貰ったけど、まあ、初陣なんだしそんなものでしょう」


「まだ二体いる」


「あれのこと?」


 瑠奈が指をさす方に目を向けると、そこには脳天を撃ち抜かれて昏倒するグールが二体横たわっていた。


「……ショットガンでよく狙撃なんてできるな」


「私の白夜は、私のソウルアーツの光を弾丸に変える。光を収斂すれば狙撃弾として――」


 死臭。


 奏真は半ば勘で、瑠奈を押し倒した。


 さっきまでいた場所を、どこかに潜んでいたグールが襲い掛かったのだ。


 いや、あれはグールなのだろうか。


 先ほどまでのグールは、精々奏真と変わらない上背だったが、今現れたグールは奏真よりもはるかに大きく、筋骨隆々で二メートルは確実に超す巨体を誇っていた。


 今までのグールを犬とするなら、そいつは明らかに狼ともいうべき存在だ。


「グールロード……」


 立ち上がった瑠奈が呟く。


「なんだって?」


「グールロードよ。グールを支配するボス個体。斥候の目を逃れたみたいね……。こちらヘルシング。少々厄介な相手に出くわしたわ」


 瑠奈が通信を開始する。グールロードはこちらに振り向くと、ヴァンパイアに共通する赤い目で睨み、一気に突っ込んできた。


 奏真と瑠奈は左右に散って躱す。


 グールロードは迷いもなく奏真の方を狙った。


 先の戦いで、奏真の方が狙いやすいと踏んだのだろう。悔しいが、その考えは正しい。


 掬い上げるような鋭い爪が奏真の右足を斬り飛ばした。


 追撃の爪をどうにか剣で受け止めたが、衝撃で吹き飛ばされ朽ち果てたコンビニに突っ込んだ。棚を四枚巻き込んでようやく止まる。


 遠く離れた足が赤い霧になって、するりと奏真の斬られた足に吸い込まれると、徐々に再生が始まる。


 が、目の前にもうグールロードがいた。


 殺される。――殺されるのか。


「うわぁあああああああっ!」


 ほぼ本能で、でたらめに剣を振り回した。


 しかし、直後不思議なことが起きた。


 剣の斬撃をなぞるように、三日月形の紫の刃が発生し、それが雷鳴音を纏いながらグールロードに殺到していく。


 紫の刃――雷はグールロードに命中すると、表皮を傷つけ後退させていく。その間に、足は完全に治った。しかし切り飛ばされたズボンと遠く離れた靴はない。


 よくわからないが、必死になる――集中していると、雷が放てるということがわかった。


 グールロードは煩わしそうに腕を交差させ、奏真に近づく――が、


「こっちよ」


 背後から瑠奈の白夜に撃たれた。散弾は全てグールロードの背に命中し、皮膚を爆散させるが、しかし貫通はしなかった。


 悲鳴を上げたグールロードは怒りか驚きか、奏真を無視して振り返る。


 その態度が、何故か恐ろしいほど癪に障った。


 かつての蒼目がそうしたように。


 両親を殺したあいつは、自分に目もくれなかった。


(俺は、そんなにちっぽけかよ)


 怒りが吹き上がった。


 紫雷が「ばちっ」と爆ぜ、紫の紋様が奏真の鼓動に合わせ脈打ち始める。


「こっちを見やがれ! 化け物!」


 グールロードが振り向くと同時に、飛び膝蹴りを下顎に打ち込んだ。がくん、と頭が裏返って路上に吹き飛ぶ。


 コンビニの床を踏み砕いて肉薄。立ち上がったグールロードの腹に紫雷を突き立て、


まわれ!」


 心臓を強く脈打たせた。


 直後、黒い剣が紫に発光し、雷鳴を轟かせた。果たしてそれは異能による雷の発現だっただろうか。


 グールロードに突き立った紫雷は、まるでチェーンソーのように姿を変えていた。刀身片刃と切っ先がエッジで、峰上部が排気筒。峰下部に機関部、という具合だ。


 爆発めいた音がしてグールロードの全身に雷撃が迸り、内側から全てを焼き尽くされる。


 ギャリリリ、と回転音がして肉が斬り抉られる。


 黒く焦げた煙を口から吐き出し、グールロードの体は剣を引き抜くと同時にくずおれた。


「ソウルアーツまで目覚めさせるなんてね。おまけに『血装解放ブラッドバースト』まで使えるなんて……初陣にしては充分。満点だわ」


「そう、か……」


 直刀に戻った血装がずるりと掌から体内に吸い込まれる。ふらつく奏真はどうにか瑠奈の元まで歩いていき、告げた。


「滅葬、終了……」


「ええ……あ、ちょっと」


 戦いが終わった、と思った瞬間全身から力が抜け、奏真は意識をなくした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る