1‐7
旧時代のゲームプレイ動画で見たことがあるが、滅んだあとの世界とはこんな感じではないか、と思わせる光景が目の前に広がっていた。
奏真たちは戦場に降り立つと、すぐに半壊したビルの半ばまで上がり、安全を確保した。
ここから見える崩れた高架道路に、虎のような怪物が転がっていて、そいつの血肉を三体のグールが貪っている。
「あの虎……?」
「ベルタイグね。よかったわ、生きてなくて。初陣であんなのと出くわしたら、例え始祖のダンピールだとしてもお陀仏よ。さて、」
瑠奈が胸元に手を当て、「『血装:白夜』」と唱える。するとなんの奇術か、彼女の胸から黄金の紋様が走った白いショットガンと思しき銃が現れた。
リボルバー式で撃鉄があり、上部レールには無骨なスコープ。銃身下部には銃剣が取り付けられている。
「なんだ今の……」
「これが血装。ブラッドアームズの神髄。あなたもできるのよ」
「俺も?」
「大切なのは、魂で思い描くこと。始祖である以上ソウルアーツの属性は固定だけれど、武器はそうじゃない。本人が思うままのものが出てくる。どんなものを出したいか、思い描いて」
「どうやって?」
「念じればいい。目を閉じてゆっくり呼吸して、己が持つべき武器はなんなのか。想像し、創造する」
言われた通り、奏真は目を閉ざして念じた。
「あなたの思う武器を」
武器。
孤児院にいた頃よく読んでいたファンタジー小説を思い浮かべる。西洋が舞台でも、東洋が舞台でも武器といえば剣だった。
ロングソード、シャムシール、日本刀……。
そのとき、胸の辺りが熱を帯びた。あまりの熱さに集中が乱れ、目を開けてしまう。
「できたわね」
失敗したかと思ったが、瑠奈の声音は純粋な賛辞を帯びていた。
「どういうことだ?」
「胸を見てみなさい」
言われて、自分の胸に目を落とすと、みぞおちから剣の柄が生えていた。三十センチほどの両手でも片手でも握れる長さのそれを右手で掴む。
思い切って引き抜いてみる。
「それがあなたの血装ね」
刃渡り七十センチ弱ほどか。片刃の直刀で、色は黒い。しかし刃が紫を帯びていて、刀身にも血管のように紫の脈が張り巡らされている。
ぐっと握った瞬間、紫紺の雷撃がばちりと爆ぜた。
「これが俺の血装……?」
「名前を付けて」
「は?」
「名前を付けるのよ。普通は博士か支部長が命名するんだけど、この場にあの二人はいないからあなたが自分でつけるの」
「どうつければいいんだ?」
「外見の色や能力から漢字二文字で付けるのがこの国のやり方ね」
「じゃあ、そうだな……」
己の刀剣を見る。黒い
「
「良い名前ね」
皮肉でも賛辞でもない、ぽっと生まれた言葉を口にしただけのような口調で瑠奈が言う。
「で、こんなところまで上ってきてなにをする気なんだ?」
地上までざっと三十メートルはある。降りるのが大変ではないか、と奏真は思うのだが。
「簡単よ。口で説明するより、実際にやった方が早いわね」
瑠奈がショットガンの銃床で、奏真の側頭部をぶん殴った。視界がちかちかし、よろけた所に蹴りが飛んできて、わけもわからず外に放り出される。
「はっ、あっ、ぁぁああああ!?」
目の前に割れたアスファルトの地面が迫る。どうすることもできない。
(マジかよ!)
そのときの音をどう形容すればいいのか、奏真にはわからなかった。ただ気が付くと、体を動かすことが出来て、ゆっくりと空を見上げることができた。
「どう?」
いつの間にか隣に立っていた瑠奈が見下ろしていた。
「お前っ! なんのつもりだ!」
「実践してあげただけよ。ご感想は?」
「だからなんの――」
「ビルから落ちて、どうなったか。客観的事実を述べてみなさい」
「……死んでない」
「そう。そして、今もなおその死が逆再生されている」
言われて、気付く。地面にぶちまけられた血が霧になって奏真の頭に吸い込まれ、額を流れる血が頭を上って傷口に入っていく。
割れた頭蓋が再生する感触は筆舌に尽くしがたく、傷が癒着する際の皮膚の動きには生理的な嫌悪を拭えなかった。
「博士に聞かなかった? ダンピールは治癒力が増す、と」
「確かにそんなようなことを言ってた。けど、いきなり落とすってのは……」
「説明しても理解できる新人はいない。実際に経験させるのが手っ取り早い」
「……治癒は、時間がかかるのか? お前がビルから降りてくる間、俺は……」
「度合いにもよるけど、そうはかからない。あと、私は階段を使って丁寧に降りてきたわけじゃないわ。あそこから飛び降りてきたの」
「飛び降りた?」
「身体能力の強化ね。でなければ、あなたより小柄で軽い私が、あなたを蹴飛ばせるわけないでしょう」
「……確かに」
実際の体重は知らないが、背丈から察するに彼女の体重は四十キロ行くか行かないかくらいだろう。
そもそも自分と同格の体つきであっても、少女の膂力で男一人を蹴り飛ばすなどそうそう出来ることではない。
「けど、痛かったぞ」
「そうね。治癒力はあっても痛覚が消えるわけじゃないわ」
「どうして?」
「痛覚は必要よ。戦っている最中に痛みを感じないんじゃ、どんな傷を負ったかわからないでしょう」
確かにそうかもしれないが……。
「その傷が生死を左右することだってある。まあ、興奮状態にある戦闘中はそうそう痛みなんて感じないものだけど……」
「待ってくれ、死ぬって言ったのか? 俺たちは不死身じゃ……」
そう、そうなのかもしれないが、不死身であるならそんな必要はない。けれど瑠奈はそんな奏真の期待を裏切り、
「治癒力があるってだけで、不死身ではないのよ。私たちの攻撃がヴァンパイアを傷つけられるように、ヴァンパイアの攻撃もまた私たちを傷つける」
「そうなのか? いや、でも……そうか、普通に考えればそうだよな」
「治癒力の限度を超えたダメージを負えば死ぬわよ。格下のグールが相手でも決して油断しないことね」
「あ、ああ……」
そうだ、これから戦うのだ。
戦う、ということの現実味が一気に帯びてきて、奏真は思わずごくりと生唾を飲んだ。
「そういえば……お前……」
「あのね、お前とか君とか言わないでくれる? 私には名前がある」
「お前こそ俺をあなた呼ばわりするだろ」
「……なら、奏真。私のことはこれから名前で呼びなさい」
「わかったよ、瑠奈」
歩いて、崩れた高架道路まで歩いていく。潰れて錆びた車や路面電車が寂しげに風に吹かれている。
けれど必ずしも滅びの体現だけがそこにあるのではなく、割れたアスファルトからはしぶとく雑草が生え、十字路なんかは草原のような有様になっている。
手入れをされなくなった街路樹は雄々しく葉を伸ばしていた。
人がいなくても生きていける生命はあるのだ。
奏真はそのしぶとさ、強い生きるという意思に、どこか畏怖を感じた。
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