1‐6

「……始祖のダンピールって、その、第三世代? って何人いるんだ? 討伐された始祖が三体ってのは聞いたけど」


「三人よ。私と、あなたと、もう一人は関東本部直轄。ロシアで始祖適合の素質がある子がいるって話だけど」


 瑠奈は一呼吸置いてから、


「まだ始祖が三体しか倒されてない今、その子はもうしばらく我慢してもらわなきゃいけないわね」


 素朴な疑問が生まれ、訊く。


「同じ始祖の血を使っちゃ駄目なのか?」


「普通のダンピールならそれでもいい。けど、始祖の場合、適合者が一人いるとほかの適合者に同じ血を受容させることはできないの」


「どうして?」


「わからないわ。けど実験で、何人かの始祖適合者が私の元となった『輝石のガース』の血を移植されたけど、どれも失敗に終わった」


 それはつまり、死んだ、ということだろうか。怖くて言葉にならない。


「複雑なんだな……」


「そう難しく考えることはないわ。私たちには特別な力がある。それは確か。けどすることは単純……」


「滅葬するだけ」


「そうよ」


「けど……俺、できるかな」


 不安がそのまま形に出てしまった。なんの飾り気もない不安を同い年くらいの少女に吐露したことに恥ずかしさを感じた。


 だが彼女の言葉に嘘がなければ、瑠奈は四年のキャリアを持つ自分の先輩だ。恥ずかしがる必要はない。


「なんのために私がいると思ってるの?」


「いや……そうだけどさ。俺、本物のヴァンパイアなんて見たことないから」


「無茶をさせている、とは思うわ。けど必要なことなの。シミュレーターでどれだけ優秀な成績を出せても、初陣では大抵醜態をさらす。初めての戦いで必要なのは、生き残ること」


「生き残る……」


「そうよ。生きてさえいれば、またやり直すことができる」


 そう言った瑠奈の顔はしかし、過去に囚われている者の顔色をしていた。やり直すという前向きな言葉は、奏真にではなくむしろ自分に向けられているようだった。


 孤児院にいる子供たちがよく見せる顔だ。親や兄弟を思うとき、彼らは逃れられない過去を思い、それを表情に薄く出すことがある。瑠奈も、そんな顔をした。


 話題を変えよう。


「なあ、ダンピールって何人くらいで戦うんだ?」


「基本はツーマンセル。任務によってはフォーマンセル。始祖討伐戦では今の私たちじゃ手も足も出ない超腕利きのダンピールが八人で戦ったっていうけど、大抵はツーマンセルだわ」


「てことは、君も?」


 話題を変えたつもりが、とんだ地雷を踏んだと気付いたのはそのときだった。


 瑠奈の目の色が変わった。物理的にではない。感情的にだ。なんの感情も見せなかった金の瞳が、はっきりと殺意とわかるような色を浮かべた。


 けれどそれも一瞬で、瑠奈はまばたきを一つすると、相変わらずなにを考えているのかわからない無感情な目に戻った。


「……私はソロよ」


「そうなんだ……」


 納得する以外に道はなかった。深く詮索してはいけない。多分これは、彼女にとって触れられたくない部分の話なのだろう。


「今度は一つ、私から訊いていいかしら」


「なんでも」


「あなたはどうして始祖の適合試験を受けたの?」


 始祖の適合試験には拒否権も設けられている。受けることに強制力はない。ダンピールになるか否かは、個人の自由に委ねられているのだ。


「俺さ、孤児院育ちで……その孤児院てのがえらい貧乏でさ。俺が試験を受ければ、たとえ失敗しても資金援助をしてくれるっていうから」


「優しいのね」


「…………そうでもないよ」


「……?」


「君は? 君はどうして、」


 瑠奈はなんでもないように、残酷な一言を吐き出した。


「私は両親に売られたの。拒否権はなかった。両親が勝手に決めて、私を血盟騎士団に売り渡した。今頃両親は関東本部で悠々自適な暮らしをしてるわ」


「え……あ、ごめん……」


「気にしてないからいい。それに、少し感謝もしてるわ。ダンピールになれたおかげで、いい暮らしができるから」


 この話題もまずい。奏真はそう判断し、


「な、なぁ、パンドラ計画って要するに『最強のダンピールを創りだす』計画なんだろ?」


「まあ、大体はそうね」


「ならなんで本部でやらないんだ? どうして東海支部なんて場所で……」


 瑠奈は複雑な表情を一瞬浮かべ、けれどすぐに能面のような顔つきに戻し、


「ダンピールはときにヴァンパイア化する危険を孕む。始祖のダンピールも変わりないわ。もし本部で、一斉に複数体の始祖のダンピールがヴァンパイア化することになれば……」


 瑠奈の言葉の続きを、奏真は察した。


「本部は壊滅の危機に瀕することになる……?」


「ええ。だからギリギリ目が届くけど、いざというときは対岸の火事で済むような場所でこの計画を行っているのよ」


「なるほど……」


「あとは、この東海支部が『姫宮堂ひめみやどう』の支社を前身にしているから信頼もある、というところかしら」


「姫宮堂?」


「知らない? まあいいわ。基礎座学で習うでしょうから」


「そう、それだ。基礎座学とかってなにするんだ?」


「血盟騎士団の成り立ちと、ヴァンパイアについて、ダンピールのこと。その辺の基礎的なことを学ぶのよ」


「ダンピールになっても勉強か……」


「筆記試験とかはないけど、ダンピールには必要な知識だから真面目に受けなさい」


「わかった」


 装甲車が停車した。


「着いたわね」


 どくん、と心臓が飛び跳ねた。これから実戦だ、という思いが湧いて出てきて、全身が緊張するのを感じる。


 後部ハッチがゆっくり開いて、寂しい乾燥した空気が車内を吹き抜ける。


「行くわよ」

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