第11話 儚げな優しさ

 三階から一階へ下りて裏口へ向かうと、木陰のベンチに西園寺さんが座っていた。


 西園寺さんは珍しく背を丸めて肩を落としており、その姿にはいつもの凛とした雰囲気は感じられない。


「……西園寺さん」


 おずおずと声をかけた。


「あら、井下くん。どうしたの? 悪口大会はやめたのかしら?」


「やっぱり聞こえてた? ごめん、俺が注意できればよかったんだけど……」


 俺は申し訳ないと思いながらも隣に腰を下ろした。


「貴方にそうする義務はないわよ。むしろ、つい先日まで立場の弱かった貴方がおかしなことを口にしたらどうなるかは目に見えてるでしょう?」


「どうなるの……?」


「わからないのかしら。今度の標的は貴方になるのよ? こんなに可愛い私が標的にされちゃうくらいだもの、顔なんて見せかけでしかないの。少し周りと違う気に入らないことをしたと認識されたら、自然と標的にされるのは明白よ」


 西園寺さんの口元には力が込められていた。

 やるせない思いが感情として溢れているように見える。

 

 付き合いはかなり浅いけど、こういう表情をする人には見えなかった。むしろ、綺麗に取り繕って自分の心の中で完璧に処理して、全てを忘れて消化してしまう強い人だと思っていた。


 思い違いだったのかもしれない。


「……西園寺さんは今のあの感じどう思うの?」


「昨日はそんなことなかったのに、今日になって急に苛烈になったわね。原因はわかっているけれど」


「金髪のギャルの子だよね」


「ええ……全く、小学生じゃないのだから噂話で他人を貶めるのなんてやめてほしいものね」


「逆に大人だからそういう手段を取るんじゃない? 週刊誌とかで売れっ子芸能人のデマが流れるのと同じだよ。どうにか鎮火できればいいんだけど……」


「はぁぁぁぁ……ただ、もうどうしようもないわね。こういう経験は何度もあるのだけれど、ここまで陰湿なのは初めてよ」


 溜め息を吐く西園寺さんの言葉には、呆れと怒り、そして悲しみを感じ取れた。

 膝の上に置かれた拳にも力が入っている。


 噂の根源はわかっていても、それを収める手段がない。

 ギャル本人に何を言っても無駄なのは目に見えているし、一度拡散された噂は易々と収まらないだろう。


「……」


 少し考えてみたけど、今の俺にはどうしようもできなかった。

 発言力もないし立場も弱いし、友達だって数えられるくらいしかいない。

 

 正直、どうにかしてあげたい気持ちはあったけど、西園寺さんの力になるのは難しかった。


「貴方が思い塞ぐ必要はないわよ。悪いのはおかしな噂を流した悪い子たちだもの。だから……あまり気にしないで? 私のことは放っておきなさい」


 西園寺さんは堂々とした強気な笑みではなく、儚げな弱々しい笑みを浮かべた。

 ゆっくりと立ち上がって裏口から戻っていってしまった。


「……俺にできることはない、か」






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