第10話 顔顔顔

 昼休みも終わりに近づいた頃、俺は何人かの女子に囲まれていた。


「ねぇねぇ、どうしてずっと顔隠してたの?」

「せっかくイケメンなんだからもったいないよ~」

「ほんとほんと! 井下くんがこんなイケメンならもっと早く声かけてたのに!」


 嘘か本当かわからない猫撫で声はあまり好きじゃなかった。

 顔、顔、顔、みんなそればかりだった。


 まあ、気持ちはわかるんだけどね。

 第一印象は見た目がほとんどだろうし、仲良くなる入り口として顔はすごく大事だと思うから。


 でも、それを大っぴらに相手に伝えるのはすごく失礼だと思う。

 まるで俺に顔以外の価値がないみたいな、そんな言い方をされているみたいで少し傷つく。


「……あはは、うん、俺はそんなイケメンじゃないよ」


 俺は適当にはぐらかしてその場を凌いでいた。

 前まではこうして話しかけられることすらなかったから返答に困る。


 なんとかしてこの場から逃げ出したい。そう思うくらいにやりようがなかった。


「ねぇ、それより井下くんって西園寺さんのことどう思う?」


「え? なんで?」


 まただ。南さんの時と同じだ。どうせ西園寺さんに関する噂か何かだろうな。


「噂で聞いたんだけど、西園寺さんって結構やばいんでしょ?」


「あれだよね、西園寺さんが夜の街でおじさんと歩いてるところ見たってやつ? 『パパ』って呼んでたらしいし……軽い女だったりして?」


「えー、あんなお嬢様がそんな軽い女になるかなー?」


「わかんないよ? 箱入り娘が男を知って乱れていくのなんて定番だしー」


 余計なお世話。たった一言で片付けられる話だった。

 

 南さんみたいなタイプならあっさり理解を得られて話が終わるんだろうけど、俺の周りにいる彼女らは多分違う。

 そういう噂を餌に楽しんでるだけで、きっと真偽にはまるで興味がない。


 そして西園寺さん自身にも興味がない。


 むしろ、男子に告白されても即断してる西園寺さんのことを妬んでる可能性もある。


 小島さんや米田さん、あるいは昨日のギャルがそうだったみたいに。


「井下くんはどう思う?」


「俺は……」


 よく知りもしない人のことをどうこう言うのは良くないと思う。そう答えようとした。


 しかし、その瞬間に西園寺さんが勢いよく席を立ち、威風堂々と歩いて教室を後にした。

 きっと彼女は聞こえていたんだ。

 こっちで下世話な話をしていることに気づいていたんだ。


「……やな感じ」


 誰かが言った。


 少し空気がピリついた気がした。


 これまで西園寺さんの敵はいなかったはずだけど、少しだけ変な空気感になり始めていたのがわかった。


「ごめん、トイレ」


 俺は席を立ち女子たちをかき分けて教室を出た。

 

 西園寺さんは左手側に向かっていったと思う。

 そっちには下へと続く階段があって、一番下まで下りると一階の裏口に繋がっている。


 追いかけよう。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る