第9話 南さんと百合の花
昼休みの時間になった。
相変わらず俺は教室の隅っこで弁当を食べていた。
スミくんは学食派だからいない。ちょっと残念ポイントだ。仕方ない。
周りはみんなグループで食べている。
一人で食べているのは、俺と西園寺さんくらいかな。
「ねぇ、井下くん」
「ん?」
こそこそ弁当を食べていると、右隣に座る女子に声をかけられた。今年から同じクラスになったばかりの子だから名前はまだ覚えてない。
確かさっきまでは向かいに別の女の子が座ってたはずだけど、トイレにでも行ったのか今は一人になっている。
「これ噂なんだけどさ」
名乗るより先に話を切り出してきた。
「うん」
「西園寺さんってビッチなの?」
「ビッ……っ、え? なんで俺に聞くの?」
食事中になんてことを聞いてくるんだこの人は。
「なんとなく。井下くんって窓際の角の席だからよく人のこと見てるでしょ? それにこの前は西園寺さんと二人で登校してたし」
二人で登校していたのはたまたまだから何もないし、西園寺さんはそういう感じじゃないと思う。
いや待てよ……俺に童貞弄りをかましてきたあの余裕な感じを見るに、もしかするともしかするのか……?
辞めよう。西園寺さんに失礼だね。
「えーっと……まず、どうして西園寺さんがその、そうだと思ったの?」
ビッチだとかボッチだとか知らないけど、なんの確証もないなら言うべきじゃない。
「えー、噂で聞いただけだよ。朝からみんなその話で持ちきりだし、西園寺さんは何も言わないから本当なのかなーって思っただけ。うち的には全然どうでもいいんだけどねー」
「ふーん」
軽く聞き流した。多分、出所不明の変な噂だろうな。昨日の今日でこんなことになるなんて思わなかった。
「ところでさ、井下くんは彼女いるの?」
唐突だなぁ。この子の名前もわからないけど、なんか妙に話しやすい気がする。男友達のような感覚だ。
「……いるように見える?」
「その反応、いないんだー。ふーん、ついこの前までは顔が見えなかったからいなさそうだったけど、今はかっこよくなったからすぐにできそうだよね」
「そうかな?」
「みんな気になってるよ。ちらちら女の子に見られてるけど嬉しくないの?」
「うん……嬉しくないわけじゃないと思うんだけど、いまいちそういうのに上手く向き合えないんだ」
自分の顔だから一日で見慣れた。
整形したわけじゃないから違和感もない。
でも、周りからの視線や注目には慣れることができないし、焦燥感というか怖さというか、よくわからない感覚に陥っていた。
そっちの感覚に慣れるにはもう少しだけ時間が必要みたいだ。
「ところで、えーっと……」
「南だよ。
覚えやすい名前だ。新聞紙とかトマトみたいな感じで。
「南さんは彼氏いるの?」
「んー、うちが彼氏って感じかな? さっきまでうちの前に座ってた大人しそうなメガネの子が彼女だよ」
「ガールズラブ的な?」
「そーそー」
「どうりで」
なんかテンポ感というかトーン? みたいなのが合ってて話しやすいなぁって思っていた。
言い方が合ってるかわからないが、多分南さんが男役ってことなんだろう。
「いやー、ってか、井下くんって話したら割といい感じなんだね」
「どういうこと?」
「前は髪が長くて目も合わないから少し怖かったんだけど、今は普通に会話できるし、色目とか下心とか偏見とか全然ないから安心ってこと」
「安心……なのかな」
「うんうん。だって、さっきの西園寺さんの噂だって全く信じてなさそうだしね」
「さすがに確証のない噂は信じないよ」
「だよね。昨日、井下くんが小島さんと米田さんに絡まれてた時もカッコよく助けてたし、西園寺さんはそういうことしないよね。うちもテキトーに聞き流しとこ」
「それがいいと思う」
「……あと、ここだけの話だけど、小島さんと米田さんって女子の間であんまり評判良くないから気をつけてね? 他クラスのやんちゃな子達の子分みたいなことしてるから」
「そうなの?」
「うん。パシリっていうのかな? たまにジュースとかパンとかあげてたり、カバン持って後ろ歩いてるの見かけたことあるよ」
「ふーん……そうなんだ」
これもまた俺が知るよしのない噂の一つだったけど、頭の片隅に入れておくことにした。
そんなこんなで話が終わると同時に、南さんの例の彼女が戻ってきたらしい。
南さんはウキウキで駆け出していった。
俺が知らないだけで有名だったのか特に誰も何も言うことなく、二人はいちゃつきながら教室から出て行った。
百合の花が咲いて見えた。よきかな、よきかな。
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