第7話 凛とした背中
なんやかんやありつつも、あっという間に放課後になった。
結局、視線を向けられ注目を集めてはいたが、誰からも話しかけられることなく一日を終えた。
色んな人に話しかけられたりしても困るから助かった。
「あれ? スマホがない」
下駄箱で靴を履き替えたところで気がついた。
教室にスマホを忘れてしまったらしい。
三年B組は校舎の三階の西側奥に位置しているから、正直また戻るのは面倒だ。
「……はぁ、もう」
俺は階段を上り教室へ戻る。
すると、その道中の空き教室から話し声が聞こえてきた。
女の人の甲高い声だ。廊下まで派手に声が漏れている。
「だから、なんで
空き教室のドアの採光窓からこっそり覗いてみると、声を荒げていたのは明るい金髪の女子生徒だった。ギャルだ。
そして、その向かいに立つのは——
「ごめんなさい、そもそも私はその誠くんという人を存じ上げないのだけれど」
相変わらず、西園寺さんは淡々としていた。
「はぁぁ? 誠くんとウチはC組なんだけど、告白してくれた男子の名前すら覚えてないわけ? マジで正気なの? 向こうは西園寺さんのこと好きになったから告白してんだよ?」
「いい迷惑よ。話したこともないのに言い寄ってくるなんて、そっちの方が正気を疑う行動だと思うけど? 違うかしら?」
「もしかして一目惚れって知らないの? ウチは誠くんから恋愛相談されたからこんなオチはありえないって言ってんの!」
「こちらにも選ぶ権利は存在するわよ。それに私は見ず知らずの異性に一目で靡くことはないから、その感覚は全く理解できないわね。話はそれだけかしら?」
最後に西園寺さんはそれはもう大きな溜め息を吐いた。
冷静さを失うギャルとは違い、全く動揺していない。
「……っ、もういいし。どうなっても知らないから」
ギャルが近づいてきた。
俺は咄嗟に壁の出っ張りに身を隠す。
「マジムカつくし、なんなのあいつ……誠くんを振るなんてありえないんだけど、絶対痛い目見させてやるし!」
ギャルは舌打ちを挟みながらも愚痴をこぼしていた。
乱暴な足取りで階段を下りていく。
「……怖いなぁ」
ギャルの足音が聞こえなくなると、俺は冷や汗を拭って息をついた。
同時に、今度は静かな足取りで西園寺さんが目の前に来た。
「あら、井下くん。盗み聞きかしら? 趣味が悪いわね」
「あ……ごめん。揉めてるのかなって思って気になっちゃって」
「気にしないでいいわよ。揉めてるというよりも、意味不明な因縁をつけられていただけだから」
悪いことをしたと思ったが、西園寺さんは別に気にしていない様子だった。
むしろ、さっきのギャルへの呆れが優っているようだ。
「因縁って、さっきの告白どうこうってやつ?」
「ええ。昨日の放課後、他クラスの男子生徒に告白されたのよ。その人がマモルくん? だったかしら……さっきの金髪の子のお友達みたいね」
「三年C組の
「詳しいのね」
「まあ、うん」
話したことはないけど、さっきのギャルも見かけたことがある。
いわゆる陽キャというやつで良くも悪くも目立つ存在だった。
そんなことよりも、西園寺さんのことが心配だ。
「それより大丈夫なの?」
「なにが?」
「いや、その……あんな言い方しちゃったら色々トラブルになりそうだけど」
正論ではあったけど、強く言い過ぎているような気がした。
特にああいうギャルが相手なら、顰蹙を買ってなにをされるかわからない。最後の捨て台詞には意味があるように思えたし。
「問題ないわ。陰口を言われるのは慣れているし、別にああいった人たちにどう思われようが私は一ミリたりとも気にしないもの」
「そっか。ならいいけど……」
西園寺さんがいいなら別にいい。
ぱっと見でメンタル強そうだし、誰がなんと言おうと黙らせちゃいそうだしね。
「ところで、井下くんは何をしていたのかしら?」
「あっ! そうだ、教室にスマホを取りに行くところだったんだ!」
すっかり忘れていた。
「そう。それじゃあ、また明日」
「ええ、またね」
一緒に取りに行ったり、それから一緒に帰ったり、そんなイベントがあるわけもなく、俺と西園寺さんは空き教室の前でお別れした。
踵を返す西園寺さんの背中は相変わらず凛としていた。
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