第3話 美容室に行ってみた
日曜日の昼過ぎに目が覚めた。
本当は昨日の土曜日に美容室の眼科に行きたかったのだが、急遽だから今日になってしまった。
ちなみに、母さんはママ友とお出かけしており、父さんは会社の人とゴルフに行っているらしい。食卓テーブルにメモがあった。
妹は、ソラは……わからない。
靴はあるから多分部屋にいると思う。
「……行くか」
パッと顔を洗った俺は家を出た。
母さんに教えてもらった美容室は駅前通りにあるらしい。母さんの知り合いが経営しているとか。
そして、眼科もそのすぐ近くにあるらしい。
比較的インドアな俺としてはすごく助かる。
春先とはいえまだ冷え込んでいるし、できれば用を済ませたらすぐに家に帰りたい。
というわけで、とっとと髪を切ってコンタクトを調達するとしよう。
◇◆◇◆
美容室なんて初めてきた。
普段は自分で切っているから、こうして人に切ってもらうのは十年以上ぶりだと思う。
「井下くんの息子さんだよね」
母さんの知り合いは男の人だった。胸のネームには”レオン”と書いてある。日本人っぽい顔立ちながらも堀が深いし、ハーフなのかもしれない。
物腰の柔らかいオールバックでダンディなおじさんだ。
「リクトです。イメチェンしたくて来ました」
「どんな感じがいいとかあるかい? ここを残してほしいとか、ここは切ってほしいとか、長さのこだわりとか、校則でダメな髪型とか聞かせてほしいな」
レオンさんは俺の頭と髪の毛を触りながら聞いてきた。
「えーっと……校則は緩めなので、ドレッドとかスキンヘッドとか派手すぎる髪型じゃなければ基本問題ないと思います。ただ、染めたりパーマをかけるのは少し抵抗があるので、ナチュラルな感じでお願いしたいです」
「わかったよ。お母さんからはバッサリいっちゃって! ってリクエストだったんだけど、それで大丈夫?」
「大丈夫です」
「じゃあ、おしゃれな感じにまとめるね。メガネ取るよ?」
「はい」
メガネを取られた俺の視界は一気にボヤがかかり何も見えなくなった。昔から目はありえないくらい悪い。
多分、地上に出てきたモグラと同じくらいだと思う。
「前髪の長さは……あれ? カラコン入れてるの?」
前髪を上げられたことで気づかれた。
やっぱりこの目を見られるのには抵抗がある。
「あ……すみません、この碧眼は生まれつきなんです。実は子供の頃に目の色を揶揄われて、それからずっと前髪で隠してたんです」
俺の両目は碧眼だった。西洋人のような青色だ。
この目のせいで子供の頃はいじめられたので、小学生になってから今までずっと隠し続けてきた。
「そっか。すごく綺麗な目だね」
「ありがとうございます」
レオンさんの微笑みに心が和んだ。
揶揄ったり馬鹿にするような言い方ではなく、本心からそう思っているのだとわかる。
それから、カットは順調に進んでいった。
たわいもない話をしていると、時間はあっという間に過ぎた。
ここで知ったのだが、レオンさんは母さんの高校時代の先輩らしい。つまり年齢は五十前になる。すごく理想的な歳の取り方をしていて憧れてしまう。
確かに、子供らしい無邪気な母さんとは相性が良さそうだった。
やがて、一連の施術が終わると、レオンさんは両手を叩いて喜んでいる様子だった。
ダンディなおじさんなのに、感情表現が豊かだから接しやすい。
なんで喜んでいるかはわからないが。
「……リクトくん」
「なんですか?」
「すごいよ。切った本人が言うのもアレだけど、リクトくんは化けたよ。とても魅力的だね」
「化けた?」
「うん。って、そうか。メガネをかけないと見えないんだもんね。ほら見て?」
「はい……え? 誰ですか、この人」
メガネをかけることでようやく視界が晴れた。
しかし、鏡の中にいる人物が誰かわからない。
わかるんだけど、わからない。理解が追いつかない感じだ。
「ははははっ! リクトくんだよ。髪を切るとさっぱりするだけじゃなくて、本来の素材の良さが出るんだよね。リクトくんなら特にね」
「……垢抜けすぎて自分じゃないみたいですね」
「立派なイケメンだよ。肌も白くて透き通ってるし、黒髪も手入れされててツヤツヤだし、何よりもその青い目がグッドだね。明日からモテモテになっちゃうんじゃない?」
レオンさんはニヤッと笑って肩を叩いてきた。
モテモテになるかはわからないが、前の自分とは違いすぎて困惑してしまうのは事実だった。
元々サラッとしていた黒髪はナチュラルな長さに整えられ、耳の周りはツーブロックが入りさっぱりし、自前の碧眼と二重はくっきり出ている。
「……ありがとうございます。ちょっと戸惑ってますけど、イメチェンは思い切りが大切ですもんね」
「うん。今日はサービスでお会計はいいから、また近いうちに遊びにきてよ。それと、リクトくんさえ良かったら、Web掲載用のモデルになってもらいたんだ」
「モデルなんて僕に務まりますかね……?」
「務まるもなにもリクトくんみたいな素材の良い子をとことん活かすのが美容師の仕事だからね。無理には言わないけど良かったら次回は写真撮らせてほしいんだ」
「わかりました。では、また今度お願いします」
「うん。お母さんによろしく。またね」
俺はレオンさんに別れを告げて美容室を後にした。
母さんの先輩だからかサービスで無料になったし、まさかまさかのモデルの誘いもあった。
それは別に凄いことではないと思うけど、俺としては大きな進歩だと思う。
ってことで、次は眼科に向かおう。
コンタクトレンズってその日にすぐもらえるのかな?
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