親父から聞いた話
雛形 絢尊
セルボ 家族 樹海
筆者の父は若かりし頃、
長距離トラックを運転していたらしい。
私の生まれる前の話だ。
そんな話をしてくれた。
不思議な出来事という、その類のものを。
三重は鈴鹿まで走らせて、
その帰りの出来事である。
順調に東京方面に大きな車体を操縦しながら
向かう中、ガス欠になってしまった。
それもまた富士の樹海、
青木ヶ原樹海の道中で。
屈指の自殺スポットで有名なその場所に
大型トラックと共に取り残された父は、
エンジンもつかないその大きなトラックの
前方の隙間から必死に顔を出すように、
手を振り続けたり、
あらゆる手段で助けを求めていた。
それもそのはず、夏の時期であり、
周囲には霧が立ち込めた。
そう、この話は夜の話である。
撥ねられる可能性もあり、
事故になりかねないのもあり、
やはりこの濃霧だ。
こんな場所で、エンジンが切れてしまうとは。
手を振り続けるが夜の22時を超えていた。
ひょこっと青い作業服を着ている人物を
怪しいと思うのは当然だ。
第一、止まってくれる人もない。
そして幾たびと車を見送った後、
一台の車が止まってくれた。
それは小型自動車だったという。
スズキのセルボのような、
しかしながら感じた違和感として、
時代にそぐわないような
風貌をしていたという。
錆びているというか、古びているというか。
父は必死に説明したという。
これからこういう理由で、
近くのガソリンスタンドまで
連れてって下さいと。
快く受け入れてくれたのだそう。
ありがとうございます、といい、
感謝を告げたのだそう。
然し乍ら、一切顔を見なかったのだそう。
車内には、運転席にいる夫、
助手席に妻、妻に抱えられてる子供。
こんな時間に、とは思っていたのだが、
ようやく助けてもらったと、安心していた。
しかし、違和感が生じる。
のちに父は思ったそう。
車内で一言も話さなかったと。
「どうぞ」と声をかけられて手を伸ばすと、
これもまた疑問。
昔ながらの、その当時からすれば昔のジュースだったそう。細長くて、
飲みにくい仕様の缶だった。
こう、飲み口も小さく、
非常に飲みにくかった。
それにもかかわらず、見たこともない、
葡萄のジュースだったという。
十分少々、無言の時間を超えたところで
富士五湖は本栖湖の近辺のガソリンスタンド
まで辿り着き、その車を見送ったそう。
夜遅くでガソリンスタンドの従業員を呼び出し
ことなきを得た。
まあ、今思うと、その時間の記憶が
ピンポイントで無くなっていたり、
その当時ではそぐわないものばかりで
不可解だったという。
昔から囁かれる、霧と時間の関係。
富士の樹海の磁場の関係。
それが上手いこと重なったタイミングで
起きた怪現象だったのだろうか。
流れるラジオには異様なほど
ノイズが被さっていたという。
親父から聞いた話 雛形 絢尊 @kensonhina
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。親父から聞いた話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます