第19話 権限

 そんな怪しい話の上に、エバ兄を差し出すなんて嫌すぎる!

 先生によく話を聞かなくちゃ! でも子供のわたしたちに先生がちゃんと話してくれるかは怪しい。大人ってそういうところがあるから。

 大人といってもお兄さんは別。お兄さんは子供のわたしたちにも、幼くてわからないからと見限ったりしないで、きちんと話してくれる。

ーー養子の話がおかしいとき、誰に相談すること?

 黒板に書いてお兄さんに見せる。

「そうだね、孤児院は国営だから、領主を通して国に相談することになる。けれど王都まで近い距離じゃないからね。たとえ相談に乗ってくれたとしてもやり取りには時間がかかると思う」

 こっちは警察とかないわけ? 記憶を探るけれど5歳児にはそういった記憶がない。あ。

ーー門番は国営?

「門番? ああ、衛兵や騎士のことかな?

 門番は衛兵がやっている。衛兵っていうのは国から派遣されている領の守り手だね。領主が税金をきちんと納めて国のために尽くしていると、国が守っている証に衛兵や騎士を送るんだ。

 ミルカは衛兵が調べてくれないかと思って聞いたのかな?

 だとしたらそれは難しいね。彼らは何かあってからしか、動く権限がないんだ」

 と眉を八の字にされた。

「あ、権限というのはね、やっていいか悪いかその判断を自分でしてはいけないってこと」

「それじゃあ、いいか悪いかの判断は誰がするの?」

 ファン兄が尋ねる。

「誰かが訴えて、領主さまが決めたなら、衛兵や騎士は動くことができるよ」

「急な時はどうするの?」

 エバ兄が尋ねる。

「緊急事案に対しては、こういう場合はこうすることという決まり事があって、それを行使する。えっと実行する。

 たとえば喧嘩が始まる。それを止めに入るのはいい。でもどちらが悪いと判断を下すのは領主。

 武器が出て命が危うくなるような喧嘩だったら、同じく武器で制圧……動けないようにして閉じ込めていい。そこからは領主の判断待ち。

 盗人は捕まえていい。だけど捕らえるまで。

 悪いことをしていたら捕まえるまではできる。でもそれ以上のことはできない。領主の判断を仰ぐことになる」

 何かが起きてからじゃないと、衛兵はうごかないってことだ。

 領主さまもきっと同じ。

「違法な契約を結んだのなら、領主さまに相談できるよ。

 先生はどんな話を相手としていたか、そこで変わってくる」

「ダーシ、逃げる、よっぽど」

 アドが口にする。

 アドの言う通りだ。

 わたしはダーシの人柄を勘違いしていたけど、そんなわたしに彼は繰り返し話しかけてきた。彼は簡単に諦めたりせず、会話をして物事を進めていく人だということ。

 そんなダーシが逃げたなんて、よっぽどな事情があるに違いない。

 ……あの農家の人たち、おかしくない?

 大柄だったけど、日焼けしてなかったし……。……靴が特徴的だった。3人とも同じようなの履いてたよね。でも土で汚れたりしてなかった。

 出かける時に履き替えるような靴があるほど裕福ってこと? 3人とも?

ーー悪い人、証拠あったら、衛兵や領主さま動いてくれる?

 黒板を見せると、躊躇ってからお兄さんはうなずく。

「ミルカ、証拠ってなに? 悪い人って誰を? その人たちが悪い人って思うの?」

ーーまだわからない。けど、怪しい

 お兄さんはなんとも言えないという顔になる。

「ミルカ、危ないことはしちゃダメだ。明日、私が先生と話してみよう」

 エバ兄とファン兄が嬉しそうな顔になる。

 少し早かったけど、そこでわたしたちは院に帰ることにした。

 明日はお兄さんが院に来てくれるというので、そのまま院にいるように言われる。

 わたしたちは何度もうなずく。


「どうしたの、ミルカ。そっちは川だよ?」

 うん、うんとうなずく。

「川に行きたいの?」

 うんとうなずく。

「待って、ミルカ。そっちは上流」

 草の茂みに入ろうとするとファン兄に口で、アドに引っ張られて止められる。

 わたしは茂みや岩影を指差した。

「何かあるのか?」

 エバ兄が言って、自分が草むらに入り、岩影を覗き込み、動きを止めた。

 いた? わたしは走り寄った。

 ファン兄もアドも駆けてきた。

 岩影にすっぽり入って、体を丸め震えている。

「……ダーシ」

 エバ兄に呼ばれて、のろのろと顔をあげわたしたちに気づいた途端逃げようとした。それを止めたのはエバ兄だ。

「大丈夫だ、俺たちしかいない」

 ダーシは動きを止めた。というより、足に力が入らなかったみたいで崩れ落ちた。

 顔は泥で汚れてる。いっぱい泣いたのもわかるし、殴られた後もある。顔にもわかるぐらいだから、体はもっとかもしれない。

 わたしは黒板に書いた。

ーーいつかの食べなかったパン出して

 エバ兄はアイテムボックスから、わたしたちがお腹が空いてない時は食べずにとっておいたパンを出して、ダーシに差し出す。

 ダーシは最初は首を横に降ったけど、口元まで持っていくとひと齧りして、その後夢中で食べた。ファン兄が横から水袋を差し出すとそれも飲んだ。

 エバ兄は手拭いを濡らしてきて、ダーシに差し出す。ダーシはそれで顔を拭いた。

「……驚いてないってことは、奴らがきたんだな?」

 ダーシが震える声で言った。

 エバ兄とファン兄が顔を合わせる。

「うん、昨日来た。ダーシを探してた。何があったんだ?」

 ブルブル震えてる。

ーー農家じゃなかった、違う?

 エバ兄は黒板を見せると驚きながらも言った。

「農家じゃなかったんじゃないかって、ミルカが」

 ダーシが顔を上げた。





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