第20話 優しさの定義

 ダーシの目から涙がとどめなく溢れ出す。

「着いたっていうけど、畑も何もないところだった。どういうこと、父ちゃんって聞いたら、父親なんかじゃねーって殴られて。俺は孤児院から奴らに売られたんだって。金払ってるんだから、相応の働きをしてもらわないとって。

 盗んでこいって。俺、やりたくなくて。でも盗まないと殴られるしメシも抜きで」

 なんてやつらだ。

「今度でっかいことするって。それで子供の仲間が欲しかったみたいなんだ。

 俺がいなくなったら。院はお金を払えなくて孤児院を明け渡すことになるって言わた……。だけど、貴族の子をさらう手伝いなんて嫌だから飛び出した。

 逃げたけど、知ってるのはこの孤児院だけで」

 えっぐえぐと泣くダーシの肩をエバ兄が優しく叩いている。

 ひどい、酷すぎる!


ーーダーシ、その攫う貴族の名前わかる?


 ファン兄が黒板を読んで尋ねる。

「え? えっとジェ……ジェリキイナだったような。カカオの街で2番目のお金持ちの貴族って言ってた。そこの7歳のお嬢さま」

 それは証拠になるかな?

 さて。ダーシをどうするかだ。

 先生の考えがわからないうちはダーシのこと知らせない方がいいと思う。

 黒板に書くと、兄ちゃんたちはうなずいた。


ーーエバ兄、アイテムボックスを使って、毛布を持ってきて


 エバ兄はうなずいて院に走って言った。

 昨日の夜はどこにいたんだというと、もう少し上流の茂みでじっとしていたという。それは怖かっただろうな。それに夜は冷える。

 院に連れて行ってあげたいけど、先生問題があるし、みんながどう思うかはわからない。先生に告げ口されたらアウトだ。


ーーみんなと話して大丈夫そうなら院に行こう

  それまではここにいて

  逃げないで


 ぐちゃぐちゃの顔でダーシは笑う。

「逃げられるとこなんてねーよ。逃げようと思ったのに、覚えてるのこの孤児院だけだった」

 今、院にいる全ての子がとはいわないけど、ほとんどの子がそうかもしれない。だって居場所がないから、ここにやってきたのだから。それはとても居心地の悪い思いだった。

 逃げたくて、ここでないところならどこでも良くて。だったらまるっきり知らないところに行けばいいのに、知っているとか行ったことがある場所を選ぶ。

 土地勘がある方が逃げやすいという言い訳はよく聞くけど、単に場所を通して過去からは逃げられないことを知っているからじゃないかと、よく思った。

 エバ兄が帰ってきた。

 毛布を渡し、わたしは生命の実と、守りの実りを大盤振る舞いであげた。ひもじさは変わらないけど、少しは違う。

「あ、ミルカ、またどっからか実をとってきたの?」


ーー大丈夫、食べた。異常ない


「ミルカ!」

 怒られた。

 ダーシと別れ、院に戻る。

 スープの匂い。女の子たちが、昨日の肉皮と野菜でスープを作っていた。

 院長先生は?と尋ねると、部屋からでてこないそうだ。

 わたしたちは先生の部屋をノックした。

 出てきた先生はげっそりして見える。

「どうしたの? 何かあった?」

「先生、明日お兄さんが先生に聞きたいことがあるからくるって。伝えておいてって言われました」

「そう。何かしら? 何か聞いてる?」

「いいえ」

とエバ兄はすっとぼけた。

 わたしが知らないことにしてとお願いしたのだ。

 院長先生は優しいって知ってる。わたしたち4人をまとめて引き取ってくれた。恩もある。

 でも優しい人の中には、心がとても弱くて、優しさが際立って優しさに苦しんでいることがあるのをわたしは知ってる。

 天界にいる時、見習いたちがそういう人を可哀想って言ってたけど、わたしは違うと思ってた。だってね、苦しんでいる時はまだ余裕がある。がんじがらめにしてるのは自分だもん。弱さに罪はないけど、それを盾にするのは違う。

 わたしが可哀想って思わないっていうと、ひどいって言われた。

 ひどくてもなんでもいいけどさ。

 そういえばあの時からフロンティアから突っかかられるようになったのかもしれない。

 院長先生は優しかったけど、これからも永遠に優しいとは限らない。

 エバ兄に働きに行ってくれないかと言ってるから。

 誰かが行かないと院を明け渡すことになるとか、院の評判が落ちたらみんなの貰われていくことがなくなっちゃうとか、そんなこと言われたら言うこときくしかなくなっちゃう。

 それにさ、ダーシのことをもっと心配するべきだ。

 ダーシの行方を知って、ダーシの話を聞いてからじゃないと、公平な答えは出せないって言って欲しかった。

 院長先生が優しいのは知っていたし、恩もある。でも先生のことはお兄さんほど信じられない。

「エバンス、朝言ったことは考えてくれた?」

「……それは。先生、院を明け渡すってどういうことですか?」

 院長先生は目を伏せた。

「暮らしていくにはお金が必要なのは知っているわね?」

 わたしたちはうなずく。

「孤児院は国や領主さまからの寄付金でまかなっているの。でも冬は寒さが酷かったでしょう? 建物も古くなって壊れて直してもらわなくちゃならなくて、お金を借りなくてはならなかったの。

 お金を借りたら返す時に利子といって多く返さなくてはいけないの。それが膨らんでしまった。

 ダーシの養子先は仕事がうまくいっているそうで、ダーシのことで縁ができたから借金を肩代わりしてくれたの」

 詐欺だ。そんなの絶対詐欺じゃん!

「契約、したんですか?」

「契約書? もちろん交わしましたよ。

 でもね、そのダーシが逃げてしまった。とても怒っていて、代わりの働き手を寄越せと。そうでなければ肩代わりした借金の代わりに孤児院をもらうって」

 先生は両手で顔を覆った。

「でも孤児院は国……」

 わたしはファン兄の膝裏を蹴って、屈ませて、口を押さえた。

 涙目だ。ごめん。

 でも、今言ったってダメだ。

 わたしはみんなを引っ張って部屋を出ようと身振りする。

「先生、もうすぐご飯の用意ができます。来てくださいね」

 とエバ兄が締めの言葉を言って、そして部屋を出た。

「ミルカ、ひどいよ」

 わたしは顔の前に手のひらを立てて、ファン兄に謝る。

 でも孤児院は国営だって言わせるわけにはいかなかったんだよ。

 院長先生はダーシの代わりの働き手がいれば、滞りなくうまくいくと思ってる。

 でも、そうじゃないんだよ!

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