第4話 初デート?

週末。悠斗は少し緊張しながら、ホテルのロビーで待っていた。

隣には頼れる(そしてイケメンすぎる)友人、成瀬がいる。

今日のプランは、ホテル内のレストランでランチ。

成瀬チョイスの、高すぎず、安すぎず、雰囲気の良い店だ。


「悠斗、意外と落ち着いてるな」

「今日は成瀬もいるしな。それに、また会えるってだけで嬉しいんだ」

悠斗がそう言った時、ロビーの入り口に目的の人物が現れた。


「あ……星奈さん!」


思わず声が出た。軽く手を振る。

星奈も悠斗に気づき、笑顔で近づいてくる。

清楚な白いワンピース。彼女によく似合っている。

眼福だ……ん?

星奈の後ろに、やたら体格の良い男性がいる。

Tシャツから覗く腕が丸太のように太い。ボディビルダー?

まさか、星奈さんの連れって……このおじさん?


「碧川さん! 成瀬さん! お待たせしました」

星奈が目の前で立ち止まる。


「いえ、時間ぴったりですよ。わざわざありがとうございます。こちらは同僚の成瀬です」

「はじめまして、成瀬です」

「はじめまして! こちら、お店の店長の渋川さんです」


星奈が隣の男性を紹介する。

渋川と名乗った男性は、無表情で軽く会釈した。

コンビニの店長……? どう見ても堅気には見えないが……。

悠斗と成瀬は顔を見合わせる。これは、警戒されている?


「渋川さんは、すごい筋肉ですね。何かスポーツとか?」

成瀬が当たり障りのない質問をする。


「ふむ。昔は色々とな。今は趣味で体を動かしているだけだ」

渋川は低い声で答える。


「店長、昔は傭兵で世界中を飛び回ってたそうですよ」

星奈が笑顔で補足する。


「よ、傭兵!?」

悠斗と成瀬の声がハモった。

情報量が多すぎる。初対面の会話って、こんなにハードだったか?

というか、傭兵って……今日、俺、無事に帰れるのか?

成瀬の笑顔も、若干引きつっている。


「ひ、非常に興味深いですが、長くなりそうなので、とりあえずお店に行きましょうか」

悠斗がなんとか場を取り繕い、レストランへ移動した。


―――


「では、改めて……乾杯!」


席に着き、ドリンクが運ばれてきたところで、悠斗が音頭をとった。

4つのグラスが軽く触れ合う。


「成瀬さんは、碧川さんと同期なんですね」

星奈が尋ねる。


「はい。今は同じプロジェクトで。悠斗から今回の話を聞いて、びっくりしましたよ。いきなり告白したんですよね?」

成瀬が悪戯っぽく言う。


「うむ。あの時は、店の奥から飛び出すべきか迷ったぞ」

渋川が低い声で呟く。


「そ、その節はご迷惑を……」

悠斗は冷や汗をかいた。一歩間違えば、あの日、俺は……。


「まあ、いきなりだと警戒しますよね。悠斗、生きてて良かったな。まあ、今日の結果次第だろうけど」

成瀬が追い打ちをかける。やめろ。


「あ、別にそういう意味で渋川さんをお呼びしたわけじゃないんです! 私、友達があまりいなくて……今日は渋川さんにお願いしただけで」

星奈が慌ててフォローする。


「星奈くんの見る目は確かだ。心配はしておらん。今日は友人として、楽しませてもらう」

渋川はそう言ったが、目は笑っていない……気がする。


「星奈さんは、今のお仕事は長いんですか?」

悠斗が話題を変えようとする。


「いえ、まだ半年くらいです」

「星奈くんが来てから、店の売り上げが上がった気がするな。たまに悪い虫が寄ってくるので、駆除しているが」

渋川が悠斗の方を見ながら言う。怖いからやめてほしい。


「し、渋川さんはいつからあのお店を?」

「2年ほど前だな」

「その前は傭兵を……? どこの部隊とか……」

「まあ、色々だ。人に話せるような綺麗な仕事ばかりではなかったな。2年前に足を洗って、今は静かに暮らしている」


謎が深まるばかりだ。このおじさん、キャラが濃すぎる。

星奈さんに集中したいのに、渋川さんから目が離せない。


「渋川さん、結構モテるんですよ」

星奈が意外なことを言う。


「やはり筋肉か……筋肉が全てなのか……」

成瀬が真剣な顔で自分の腕を見ている。


「確かに、筋肉は裏切らんな」

渋川が頷く。


「お前はもう十分イケメンだから、筋肉は現状維持で頼む」

悠斗が成瀬に釘を刺す。


「星奈さんは、マッチョな方がタイプですか?」

成瀬が尋ねる。


「私ですか? うーん、強いに越したことはないと思いますけど……あまり考えたことないですね。……あ、そうだ、皆さん、私には敬語じゃなくて大丈夫ですよ。年下ですし」

「じゃあ、俺たちもタメ口でいいかな?」

悠斗が言うと、星奈は笑顔で頷いた。


「というか悠斗、お前、星奈さんとも敬語でやり取りしてたのか?」

成瀬が呆れたように言う。

「いや、タイミングがわからなくて……」


そこからは、若い3人(+保護者1人)で会話が弾んだ。

渋川さんは、最初は値踏みするような視線を感じたが、途中からは穏やかな表情で見守っているように見えた。

もしかしたら、最初からそのつもりで、こちらが勝手に緊張していただけなのかもしれない。


―――


楽しい時間はあっという間に過ぎ、解散の時間になった。


「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

星奈が笑顔で言う。


「こちらこそ。渋川さんも、ありがとうございました」

悠斗と成瀬が頭を下げる。


「うむ。またいつでも呼んでくれ」

渋川は相変わらず無表情だが、少しだけ口角が上がった気がした。


星奈と渋川を見送り、悠斗と成瀬は駅に向かって歩き出す。


「星奈さん、めちゃくちゃ可愛いな」

成瀬がしみじみと言う。


「だろ? 天使かと思った」

「渋川さんは……謎だな。ラスボス感あったけど」

「ほんとだよ。俺、今日で人生終わるかと思った」


星奈さんの笑顔を反芻したいのに、渋川さんの筋肉が脳裏にチラつく。


「まあ、悪い印象はなかっただろ。次は二人きりのデートに誘ってみろよ」

「そうだな……誘ってみる」

「じゃ、俺はこっちだから。頑張れよ」

「おう、ありがとうな」


成瀬は地下鉄の階段を下りていった。本当に頼りになる友人だ。


―――


まだ昼下がり。空は明るい。

まっすぐ家に帰るのも勿体ない気がして、悠斗は近くの書店に入った。

特に目的はない。ただ、本の並ぶ空間が好きだった。

平積みの新刊を眺めていると、ポケットのスマホが震えた。

星奈さんから? ドキドキしながら画面を見る。

表示されていたのは、妹の名前だった。


碧川には大学生の妹がいる。地元の大学に通っており、仲は良い方だ。


『お兄ちゃん、お兄ちゃん。くんくん……なんだか、女の匂いがするぞ……?』


「は? なんでわかるんだ?」

思わず声が出た。周りを見回すが、誰もいない。


すぐに次のメッセージが届く。

『さっき神社で葵紗(あいさ)ちゃんとおみくじ引いたらね、「悠斗の恋愛運、爆上がり中!ストップ高!」って出たよ! 今のうちに全力買いだって!』


葵紗というのは、華宮葵紗(はなみや あいさ)。地元の神社の娘で、悠斗の幼馴染だ。妹とも仲が良い。

それにしても、なんで俺のおみくじを勝手に……。

でも、神様も応援してくれているのかも。少し勇気が出た。


『暴落しないように祈っててくれ』


そう返信して、悠斗は苦笑した。

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