後編
テーブルいっぱいに広がった料理は、あっという間に無くなった。
食べ盛りの高校生二人にとっては、チェーン店の販売しているチキンの詰め合わせセットや、見様見真似で作ったミートパイといえど敵ではない。
まだ湯気の冷めやらぬうちに、クリスマス向けの濃い味付けの料理達は二人の胃袋に収まった。
「食べすぎちゃった……暫く食事減らさないといけないなぁ」
「真奈美は細いぐらいだろ」
「あ~ダメぇ!
甘い言葉を私に囁かないで!女って男より太りやすいんだからね」
「じゃあ食後のケーキは抜きにするのか?」
「……明日から頑張る」
「よっしゃ、それじゃあ分けようぜ」
ケーキを真奈美は四等分に切り分けた。
真奈美が皿に乗せたケーキを運んでから、達也は首を傾げる。
「なんで四等分なんだ?」
「直子さんの分だよ。
毎年クリスマスは一緒に過ごしてたんだ」
「直子って……生徒会長の高宮直子?」
「よくわかったね」
達也は口ごもる。
「真奈美のお兄さんと最近噂になってるからな。
昔から仲良かったのか」
「そう。直子さんのことは本当のお姉ちゃんみたいに思ってる。
だから、今日一緒に過ごせないのはちょっと残念かな……」
そこまで聞けば、鈍い達也にも何があったのか分かってしまった。
「このケーキスゲェ美味いよ。
才色兼備とは真奈美の事だな」
「過剰に褒められると嘘っぽく聞こえちゃわない?」
「このケーキまるで市販品みたいだ。
いよっ!マニュアル人間!」
「トーンは落ちたけどなんか違くない?」
「難しいって」
「普通においしいよでいいのに」
真奈美は呆れたように笑った。
達也にできるのは、彼女に寂しい思いをさせないことだけだった。
食後のコーヒーを飲んで落ち着くと、外はすっかり日が暮れていた。
二人はお互いに用意したクリスマスプレゼントを背中に隠してソファーに座る。
「ちょっと自信なくなってきたかも……。
要らなかったらごめんね」
「真奈美からもらうもので要らないものなんてないぜ!
例え徳用テイッシュだったとしても大切に使わせてもらうからな」
「それ、セクハラ?」
「……なんで?」
達也が怪訝な表情を浮かべると、真奈美の頬がほんのり赤らんだ。
「えっ、あー……な、なんでもない。
そ、それよりさぁ!始めようよ!
私から渡すってことで良いかな!」
「お、おう」
「じゃあ……メリークリスマス」
俯きながら真奈美はプレゼントを差し出す。
賞状でも受け取るように両手差し出した達也は、丁寧にクリスマス仕様のラッピングを開けた。
「その、マフラー無くしたって言ってたでしょ」
そこに入っていたのは、達也が以前使っていたのと同じ色のマフラーだった。
「スゲー嬉しい!色も前と同じだしさ。
これ、大事にするから!」
素っ気ない彼女の態度に落ち込む日も多い達也にとって、このマフラーは彼女が自分を想う日が確かにあったのだという証明だった。
「大げさだなぁ」
「大げさなもんか。
それじゃあ俺も、メリークリスマス」
達也が手渡した赤い袋を開けた真奈美は、目を丸くした。
「これ……!
もちりすのクリスマスぬいじゃん!?
うそ、なんで!?」
真奈美は大きな頬をもつリスのぬいぐるみを興奮した様子で掲げた。
「欲しいけど学校だから予約合戦に参加できないって言ってたろ」
真奈美は予約開始日に達也が学校を休んだ事を思い出す。
「それであの時」
「まぁ、過ぎたことは良いだろ。
……嬉しいか?」
「うん、すっごく嬉しい。
ありがと」
二人は微笑み合った。
「あはっ、あはは……」
「ははは……」
真奈美はぬいぐるみを抱きしめながらはにかむ。
「楽しいね、お兄ちゃん!」
口走った言葉に、徐々に表情は消えていった。
「あ、あれ?
ち、違う、違うよ……」
結んでいたはずの糸はあっさりと滑り落ちて行く。
「なんで。だ、だめ、止まって……」
達也は笑ってやれなかった。
強張った顔が動かない。真奈美は達也を見て、涙を溢れさせる。
「ご、ごめん、ごめんなさいっ……!」
兄を忘れるために頼った男に兄を見て、真奈美はとうとう逃げ出した。
「真奈美っ!」
達也の体が今度こそ動く。
逃げ出そうとする真奈美の腕を掴み、引き寄せる。
「あ……」
真奈美が転ぶようにして、達也の胸にぶつかった。
しかし、真奈美は離れない。
「今日は、俺を兄貴だと思っていいから。
もう頑張るな」
「うぁ、あぁ……」
「思ってること、全部吐き出せよ。頼むから……」
「っ!
あ、あぁぁぁぁ……っ、あああああああ~っ!」
絞り出すようにして真奈美は叫んだ。
「嘘つき、嘘つきいっ!
私が一番大切だって言ったじゃん、一人にしないって、いっ、いったじゃん!」
真奈美の手が力なく達也の胸をたたく。
「私のこと、好きだって、いったじゃん……。
ひっ、く、う、うぁあああ……!」
達也は何も言わず、その責め苦を受け入れる。
真奈美が顔を押し付けて泣いている事が今はありがたかった。
胸の痛みに、歯を食いしばっている顔を彼女に見られずに済む。
「酷い、酷いよ……、お兄ちゃんも、直子さんも、置いてかないでよぉ……!」
真奈美は間違って兄を好きになり、間違って兄を繋ぎ止められず、そして、間違った相手に言えるはずのない思いをぶつける。
容赦のない言葉が、達也を抉り続けた。
時間の感覚が無くなるほど泣き続けた末に、ようやく真奈美は泣き病んだ。
「……落ち着いたか?」
「うん」
「じゃあ、離れようぜ」
「やだ」
「マジかよ」
「顔見られたくない」
「もっと恥ずかしいところ見られてるだろ……横腹を突くな!わかったから!」
達也の痛みは、すでに胸の高鳴りに代わってしまっていた。
「ごめん、私、最低だね」
「だからいいって。
困っている友達を助けるのは当たり前だろ」
達也が口にする友達は、どうしても別の文脈が乗ってしまう。
真奈美の身がピクリと跳ね、達也に身を寄せる。
「だから離れてくれって!」
真奈美は達也の胸にぐりぐりと顔を押し付けて首を振る。
これ以上密着しているとまずいことになる。
達也が焦り始めた時、突然何かを落とすような音がした。
「な、なな……!」
部屋に現れたのは、細身の眼鏡をかけた男だった。
「妹に何をしてるんだ君はぁ~!?」
「げえっ!真奈美のお兄さん!?」
「ふ、不潔だ!真奈美、お兄ちゃんは許さないぞ、騙されてるんだよ真奈美は!」
「それが、クリスマスに妹を一人にした挙句、彼女と遅くに帰ってきた人の言葉……?」
「えっ」
狼狽える兄に、顔をごしごしと拭きながら詰め寄る妹。
「第一さあ!」
「あ~!ま、待って真奈美、話を!君も見てなないで止めてくれ!」
兄をけちょんけちょんに罵倒する真奈美は、どこか兄に甘えるようだった。
「はは……」
馬鹿らしくなってきた達也はこっそりと玄関を目指す。
玄関には、気まずそうに身を潜めている女がいた。
「あなた、あの子の」
「なんでもないですよ、生徒会長」
「お兄ちゃん」と交際しているという高宮直子は、涙の跡が残った達也の上着を見て視線を落とす。
「ごめんなさい」
何かを察したような彼女に、達也はぎこちない笑みを浮かべた。
「真奈美、あなたのことを姉のようだって言ってました」
「え?」
「だから、真奈美のこと、どうかお願いします」
限界だった。
達也はコートを着込むと、速足で玄関から飛び出した。
「あの!ありがとう!」
直子の声にも足を止めず、達也は歩き続けた。
何度も突き付けられた真奈美の「好き」は、一度だって自分を向いてはくれなかった。
「クソ……カッコわりぃなぁ、俺……」
寒空の下、達也の足元に雫の跡だけが寄り添っていた。
12月25日がやってきた。
生徒たちは浮ついているからか、普段とは違い元気のない達也に気がつかない様だった。
それでも、彼を見ている人はいる。
珠子は落ち込む達也を元気づけようと席を立つ。
しかし、彼女より先に、彼の前に立つ影があった。
「昨日はありがとう」
「あ、あぁ、元気になったなら、良かった」
「それで、さ、達也。
昨日のお詫びとしてなんだけど」
「ちょぉっと待ったぁ!」
何かを言わんとした真奈美に、背後に現れた珠子が押しのけた。
「達也って言った!今達也って言ったよね真奈美!?」
「うん、言ったけど」
「なぁっ!?」
「別に、変じゃないでしょ。
それで達也、昨日のお詫びを」
「だから待ちなさい!そ、そうだ達也!
今日遊びに行かない!?」
「あ、それじゃあ三人で一緒に行こっか」
「何がしたいのよあんたは!?」
「お、おいおい……」
何やら盛り上がっている二人にぽかんとする達也。
「何って、楽しいクリスマスでしょ。
独りぼっちじゃない、クリスマス」
真奈美の言葉に、達也はようやく笑みを浮かべる。
「よっし!それじゃあ今日は三人でパーッとやるか!」
「そう来なくっちゃ!」
ハイタッチをする二人に珠子は胡乱な目線を向ける。
「楽しいね、達也」
初めて自分を振り向いてくれた嬉しさをかみしめる達也と、兄を男としてみる様に、達也を兄の様に見る真奈美。
おそらく二人の関係は、二人が思うよりはるかにこじれてしまっている。
それを指摘してあげるほど、珠子は優しくなかった。
「とりあえず、メリークリスマス、かなぁ」
珠子はひとまず全てを棚に上げて、前途多難な自分たちの幸福を祈るのであった。
Show me sister! ブラコンに惚れるもんじゃない! 渡貫 真琴 @watanuki123
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