中編

「岡見ごめん!ちょっと時間かかった!」

「いや、こっちも来たばかりだから」

 30分後、2人はプレゼントを選び、待ち合わせ場所で落ち合った。

 予算は高校生らしく2000円。それでも、2人は純粋にこの催しを楽しんでいた。

「男子の好みって分からなくてすっごく迷っちゃった。

 岡見は速かったよね。迷わなかったの?」

「好きな相手だからな」

「……そればっかり」

 真奈美の返答が僅かに遅れる。

 デパートの外に出ると、風が二人を出迎えた。

「寒いねぇ」

「雪が降ってくれればクリスマスっぽくて良かったんだけどな」

「えぇ〜?

 やだ、濡れるし寒いもん」

「風情がねぇなあ」

 身を震わせながら、二人は喫茶ナカヒロを目指して歩く。

 寒さのせいか、二人の肩はくっついて離れようとしない。

 心臓の音が聞こえるのではないか、そんな錯覚を達也は覚える。

 僅かに身を引いた達也を追うように、真奈美が僅かに身を寄せた。

「……」

 素知らぬ顔をしながらも、真奈美の頬は僅かに赤い。

 達也は白い息を吐いた。

 今日が真冬で良かったと達也は思う。

 冬の寒さが頭を冷やしてくれる。

「あ……」

 突然真奈美が飛び退いた。

 喫茶ナカヒロはすでに目前に来ていた。

「あ、あはは……もう着いちゃったんだ」

 真奈美は足元に目を落とす。

 そんな彼女を、達也はどこか他人事の様に眺めている。

「ねぇ、達也」

「どうした?」

 心情を悟られないように、優しく達也は聞き返す。

 

 数秒遅れて、達也は真奈美が自分を名前で呼んだことに気がつく。

 彼にとって不幸か幸運か、動揺が真奈美に悟られることはなかった。


「ここじゃなくって、さ。

 家にしない?

 その……今日、誰もいないから」


 突如落とされた爆弾が、達也の自我を跡形もなく吹き飛ばして行ったのだから。



 真奈美の家に向かう間、達也は殆ど自我を失ったような状態でフラフラとしていた。

「達也……達也ってば!」

「だ、駄目だ真奈美!俺達まだ高校生なんだぞ!?」

「ちゃっかり何考えてんのよこの馬鹿っ!」

 真奈美のげんこつが達也を正気に引き戻した。

「いてて……。はっ、俺は何を」

「へ、部屋に上がるぐらいでそんなに取り乱さないでよ。

 私も意識しちゃうじゃん!」

「あ、あぁ……悪い……」

 真奈美は照れを隠すようにして、ドアを大きく開いた。

 生温い空気が二人を迎える。

「それじゃあ上がって。

 あんまり広くないけどね」

 古びた2LDKのアパートに二人きり。

 達也はまだ白昼夢の可能性を疑っていた。


「お兄ちゃんが急にデートに行くだなんて言いだすからさぁ、折角準備もしたのにさ。

 あ、達也、卵取って」

「はい、離すぞ。

 それより下の名前……」

 カシャカシャ!と、突然真奈美が乱雑に卵を掻き混ぜ始める。

「え!?なんて言った!!聞こえない!」

「耳元で怒鳴るなよ!

 さっきまで丁寧に混ぜてただろ卵!」

「達也が変なこと言うからでしょ」

「聞こえてんじゃねぇか……」

「な に か?」

「あーもうわかったよ……。

 あ、タイマー鳴ったな。生地取り出すわ」

 クリスマス、家に二人きり、達也に期待するなというほうが酷な話だっただろう。

 実際には二人仲良くディナーの下ごしらえを進めているのだが。

「なんだかなぁ」

「何か言いたそうじゃん?」

「ケーキが良い匂いだな、もう焼けたんじゃないか」

「まだ10分しか経ってないけどね」

 恋の駆け引きにすらならないやりとりを二人は続ける。

 ちょっと嘘くさい恋人っぽい空気から一転、いつもの様に近いようでいて遠い距離。

「さて、あとは待つだけ!

 やっぱり一人じゃ無理だねこれ」

 言葉の端々に滲み出る「おにいちゃん」の影は、達也に期待すら許さない。


『岡見が本気だって知ってるから、私もホントのこと、言う。

 私、お兄ちゃんのこと好きだから。

 だから岡見とは付き合えない。』


 しかし、達也は彼女のことを憎めない。

 適当に振ってしまえばよかったのに、あろうことか達也を真正面から受け止めた彼女のことを更に好きになってしまったのだから。


『あはは、気持ち悪いよね。

 でも、好きなんだ。

 普通じゃなくって、ごめん。ごめんね……』


 惚れた弱みというのは本当に厄介で、痛くて、それでも暖かい。

 大やけどすることが分かりきっていても、達也は、真奈美を一人にしないことを選んだ。


 苦い記憶を思い出しながら、達也は甘いケーキが焼きあがるのを待っていた。

 真奈美はそんな達也にDVDのパッケージを突き出す。

「ね、映画館のリベンジしない?」

「......スプラッター映画以外にしろよ」

「大丈夫、今度はちゃんと恋愛ものだから!

 超光速3センチメートルだって」

「別の意味で酷そうだな」

 タイトルからすでに怪しい。

「でも、お兄ちゃんが有名監督の恋愛作品だって言ってたけど……。

 あ、ほら見て、大空宇曾監督だって!」

「え、マジ?『君の罠』の?」

 二人は身を寄せ合い、パッケージ裏を眺める。

「ふうん、切ない恋愛劇なのかな」

「大空監督だし、作画は凄そうだな。

 なんか意外だ。真奈美のお兄さん、一般受けするの嫌いそうなのに」

「ちょっと、それどういう意味?」

「なんかオタクっぽいというか、捻くれてる感じあるじゃん」

「はぁ?お兄ちゃんのことなんっにも分かってないなぁ!

 いいよ、おにいちゃんの良いところ聞かせてあげる。

 大事なことはちゃんと言ってくれる所とか、ほんとはカッコいい所とか沢山教えてあげるから」

「ごめん。マジで勘弁して。

 光速見ようぜ光速」

 俺泣いちゃうから。

 達也はすぐに白旗を上げ、真奈美は満足そうにDVDを開けた。


 映画は確かに素晴らしい出来だった。

 その内容が宇宙船に乗る幼馴染の女の子と地球に残る主人公の失われていく絆を描いた物語(しかも最後に主人公意外の男と付き合って終わる)というものでなければ、二人も絶賛していただろう。

 少なくとも、クリスマスに見るものではなかった。

「おにいちゃん、やっぱり捻くれてるかも」

「だな……」

 達也は映画の結末と自分を重ねた。真奈美もそうなのかもしれなかった。

 追いつくには光ですら遠すぎる。暗闇の中に一人取り残されたような気分だった。

 

 しかし、失意の中でもおなかは減る。

 暗い雰囲気の中で、くぅ、と真奈美の腹が鳴ると彼女は赤面した。

「でも、こうして並ぶと壮観だな。

 頑張った甲斐があるぜ」

 達也が気を取り直したようにして席に着き、真奈美も向かい合って座る。

「ま、半分は買って来たんだけどね。

 それじゃ気を取り直して、メリークリスマス!」

「メリークリスマス。

 それに、これもフォンタグレープだけどな」

 二人は炭酸飲料の入ったグラスをぶつけて、おかしそうに笑った。

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