Show me sister! ブラコンに惚れるもんじゃない!
渡貫 真琴
前編
大恋愛だった。
岡見達也の好きな人は兄が好きな妹で、本人は気持ちに蓋をしていた。
達也はそれでもその妹、清水真奈美に告白し、見事に玉砕した。
そこまでは良い、達也にとってはちょっと悔しいけど想定内の出来事である。
予想外なのはその後の事だった。
「真奈美の様子がおかしい?」
「そうなんだよ!何か知らないか?」
達也は真奈美が教室から出ていったタイミングを見計らって、彼女の友人である三原珠子に話しかける。
「真奈美はお兄さん絡みだとずっとおかしいでしょ」
「それはそうなんだけどな。
ってそうじゃなくて!
最近のアイツ、明らかに元気ないだろ?」
「まぁね……」
「笑ってる時も、アイツ、明らかに無理してる感じでさ。
このまま見てるだけには行かないだろ」
「達也……」
「という事で、アイツをクリスマスデートに誘おうと思う」
「あんたを一瞬でも尊敬した自分が許せないんだけど」
珠子は眉間を押さえた。
「なんでだよ。
どうせお兄さん絡みだろ?
家にいるよりは絶対に気分転換になるって!」
「あわゆくば傷心中の真奈美に付け込もうって魂胆?」
「人聞きが悪いこと言うなよ。
好きな子が傷ついてたら黙ってそばにいてあげるのがいい男ってもんだろ?」
「まぁ、あんたがそんなに器用じゃないって事は知ってるけどね……。
だけどあの子、クリスマスは毎年お兄さんと過ごすって知ってるでしょ?」
「それでも親友かよ!
午前中だけでも時間をもらってデート出来れば、真奈美も俺の優しさに気がついて、2人の距離が縮まり……」
「モノローグはやめなさい。
あんたがデートしたいだけじゃないのよ」
やれやれと首を振る珠子。
「何の話?」
いつの間にか傍に立っていた真奈美に、達也は笑顔を向けた。
「よう、真奈美。
クリスマスは何処かデートに行きたいって話ししてたんだよ。
という事で、クリスマスイブ空いてないか?」
達也が真奈美に想いを寄せていること、真奈美に相手されていない事は皆が知っているから、ここまで大胆な発言にも周囲の生徒は反応しない。
「あんたも懲りないわね……」
「……」
「真奈美?」
普段のようにあしらわれるはずだった言葉に、真奈美は考え込む。
「……良いよ、行こっか」
「ちょっと真奈美!?
どうしちゃったのよ?」
「どうって、友達と遊びに行くぐらい普通じゃん」
真奈美はおかしそうに笑う。
しかし、その張り付いた笑顔は何処か張り付いたように見えた。
「マジで!?前言撤回はナシだからな!」
「はいはい。
はしゃぎ過ぎて寝坊とかしないでよね」
あっという間に決まってしまったイブのデートに、珠子は困惑する他無かった。
HRが終わると、生徒達は一斉に精気を取り戻し、教室を出ていく。
「たまこー、帰ろ」
「ごめん、今日はちょっと用があるから先帰ってて」
真奈美と珠子の会話に、後ろから達也が顔を出した。
「おっ、それじゃあ真奈美は俺と一緒に帰ろうぜ」
「あんたは私と残んのよ」
「へ?なんで?」
「 個人的な話!」
「お、おう……」
アッサリと屈服する達也。
真奈美はそのまま手を降って教室をあとにする。
12月は暗くなるのも早い。仄暗い教室には珠子と達也しか残らなかった。
「あんた、イブのデート、本気でいくつもりなの?」
「当たり前だろ」
「……やめときなよ」
「なんで?」
珠子は悲しそうに目を伏せた。
「だって、きっと痛い目見る。
多分お兄さん絡みで何かあったのよ。
あんたの事、今まで相手にしてなかったのに、今になってデート?
そんなのって、おかしいわよ……」
「都合よく使われるだけだって?」
「……うん、そういう事。
断りましょう?
イブの相手が欲しいなら、私が付き合ってあげてもいいから。ね?」
目には真剣な光を宿し、しかし口調は冗談めかして珠子が言う。
「でも、行かなきゃ」
「どうして?」
「多分、俺にしかできないから。
理由はわかんないけど、今はあいつの逃げ場になってあげられる奴が必要なんだ。
ここでビビっちゃ嘘だろ?」
あっけらかんと達也は言う。
真奈美の顔が僅かに歪んだ。
「花粉症かな、ちょっと目が痒い。
岡見は先帰ってて。
落ち着くまで、しばらくかかるから」
目元をこすりながら、珠子は達也から顔を隠した。
「それぐらい待つよ」
「いいよ。
考え事もあるし。先、帰って」
今度は強い口調だった。
「心配してくれてありがとな」
なんだか感謝を伝えたくなって、達也は背を向けた珠子に言い残し教室を後にした。
達也が校門から振り返った時、教室の明かりはまだ消えていなかった。
12月24日はどんよりとした雲が漂い、しかし雪が降るでもない空模様だった。
ロマンチックではないが、外出するには向いている。達也はしきりに鏡を見て落ち着かない。
「早くでないと遅刻するでしょ」
「でもさぁ母さん……。
あぁ、やっぱりこの服似合わないかも……」
「早く行きなさい!
何着たって大して変わりゃしないんだから!」
「馬子にも衣装って言うだろ!?」
「衣装を変えたぐらいで揺らぐ女の子にウチのコはやりません!
ほら、行った行った!」
朝6時に起きて2時間も鏡を占領した挙げ句、達也は家から放り出された。
今日は日曜日、町中には幸せそうな男女が溢れている。
少し状況は違うが、今日を自分も好きな人と過ごせるのだと思うと気が早った。
早足で歩いたこともあり、30分前には待ち合わせ場所に着く。
「おはよ、岡見」
「な、なんでいるんだよ?
いつから待ってたんだ……?」
しかし、待ち合わせに指定した公園には、既に真奈美の姿があった。
鼻は冷気で赤らんでおり、時折身を震わせている。
「まぁ、いいじゃん。
岡見も早く来るだろうなって思ってたし」
「悪い、寒かったろ。
待たせちまったな」
「あんまり待ってないから。
行こっか」
先に来てスマートを演出しようという目論見は失敗した。
達也はこの失態を取り戻すべく、一人燃えるのであった。
岡見達也は平均的な男子生徒である。友人の殆どは男子だった。
学校で女子と話すとはいえ、プライベートで遊ぶ事は殆どない。女子と一対一となると猶更だった。
男友達と遊ぶ時の様に特に予約などをせずにデパートの映画館に向かった岡見は、満席表示が浮かぶ恋愛映画のチケット購入画面で冷や汗をかいていた。
間が悪いことに、同時上映の映画は殺人ピエロが虐殺を繰り広げる「メリファー4」と、インターン生との不倫に溺れ全てが狂っていく「インターン・ラブ」しか無かった。
ロマンチックのロの字もない。
「メリファー見ない?」
「いやいやいや!クリスマスだぜ!?」
「でも赤いよ?」
「嫌な共通点だな!」
なぜか「メリファー4」を観たがる真奈美を映画館から引き剥がし、近くのカラオケに電話した達也は涙目になった。
「 3時間待ちですか!?」
地方都市の男子の遊び場といえばラウンド
そのどちらもに長蛇の列が出来上がっていると言われ、達也は力なく肩を落とした。
「知らなかった……クリスマスって店込むんだな……」
達也には恋人がいたことがなかった。
「しょうが無いよ、フードコートで適当に時間潰そ?
それも楽しいと思うし」
「真奈美……」
嫌な顔一つせずに微笑んでいる真奈美に、やっぱ好きだな、と達也は思う。
彼女の笑顔の為に、出来ることなら何でもしてやりたい。
「だめだめ!今日は真奈美が楽しんでくれなきゃ意味ないんだから!」
真奈美はくすりと笑った。
「岡見って変なところで真面目だよね」
「真奈美のためなら頑張れるんだ。
だから学校の勉強はダメだな。
今数学の課題やってないこと思い出した」
「また珠子に怒られるよ」
「あいつうちのオカンよりしっかりしてるよ。
この前なんか、進路のプリント忘れるなってロイン来たからな」
「気になってたんだろうねぇ」
意味ありげな笑みだけを浮かべ、真奈美は話題を強引に切り替えた。
「それじゃ、これからどうしよっか?
何かプランある?」
「任せとけ!
少し早いけど、交換用のプレゼント買おうぜ。
それで、喫茶ナカヒロでプレゼント交換しよう!」
喫茶ナカヒロというのは、初老のマスターが切り盛りする小さな喫茶店である。
「クリスマスでしょ?
ナカヒロも流石に混んでるんじゃないかな」
「さっきイシスタで『ナカヒロ、クリスマスでもガラガラ過ぎw』って投稿されてたぜ」
「あの店なんで潰れてないんだろう……」
「マスターのセンスがなぁ。
今回のクリスマス特設メニューなんだと思う?」
「うーん、やっぱブッシュ・ド・ノエルとかかな?」
「鹿肉のサイコロステーキだってさ」
「トナカイじゃないんだ?」
「気になるのそこなのかよ。
マスターに聞いたら、トナカイの肉は高かったから堅実に行くって言ってたぜ」
堅実の意味を達也は問いたくなった。
真奈美がポツリと呟く。
「鹿肉って美味しいのかな」
「なぁ、もしかしてお腹減ってる?」
呆れた達也に、真奈美は顔を綻ばせた。
「あはは、冗談冗談!
ね、交換のプレゼント見て回ろう?」
それは久し振りに彼女が見せた、曇りのない笑みであった。
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