第2話 幸福な時間
「こんにちは、今日も綺麗だね」
「…………」
それから、およそ十日ほど経て。
例の神社にて、桜の樹の
ともあれ、やはり彼女は何も言葉を発しない。例の如く無邪気な笑顔を湛え、そっと頷いてくれる。そんな彼女の様子に、胸の中にじわりと温もりが広がる。
あの日――初めてここで彼女にあった日から、僕らはこうして度々会っている。まあ、度々と言っても、まだたったの十日ほどではあるけれど。ともあれ、何かしら約束を交わしたわけでもないのに……それでも、これが直観というものだろうか、今日は彼女が待ってくれているであろうことが何となく分かったり……まあ、僕の思い上がりなのかもしれないけど。
「それで、その後が大変だったんだよ。一匹に餌をあげたら、遠くにいた鹿達までたくさん集まってきちゃって。その後、すっごい追いかけられちゃってもうヘトヘトで」
「…………」
そんな僕の他愛もない話に、クスクスと可笑しそうに微笑む少女。こういう反応をしてくれると、つい自分が話上手のような錯覚に陥ってしまいそうになる。でも、実際は彼女が聞き上手なだけなのだ。勘違いしないよう気を付けなきゃね。
そんな彼女と過ごす時間は、だいたいいつもこんな感じで。僕が一人ひたすら話し続け、彼女は終始柔らかな笑顔で耳を傾けてくれている。多少なり申し訳なさはあるけれども……同時に、僕らにとってそれが自然に思えてくるのだ。
そんな、不思議な少女との穏やかで幸福な時間がいつまでも続く――どうしてか、何の根拠もないのに、そんな楽観的な未来を当然のように思っていたんだ。
「…………あれ?」
翌日、昼下がりのこと。
例によって桜の樹の
だけど、そんな期待も虚しく――その日、彼女は姿を見せなかった。……まあ、こんな日もあるよね。あまりにもいるのが当たり前過ぎて、少し感覚が麻痺していたのかもしれない。また明日には会えるだろう。
だけど、翌日も――そして更に翌日も、そのまた翌日も少女は姿を見せなかった。……誰だろう、直観で分かるなんてほざいてた愚か者は。
……でも、ほんとにどうしたのだろう。もちろん、来るも来ないも彼女の自由だし、そもそも実際にはたった数日来ていないだけ。僕が一人大袈裟に慌てているだけなのかもしれない。だけど――
……彼女はもう、二度とここには現れない――どうしてか、恐怖に似たそんな感覚が僕を捕らえて離さないんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます