春霞
暦海
第1話 不思議な少女
「…………あ」
不意に、僕の右肩へそっと何かが舞い降りる。見ると、それは仄かに赤みを帯びた
だって、美しくも儚いこの花を見ると、どうしても思い出すから。――どうしても、あの幻想的な少女の姿と重ねてしまうから。
「……ふう、やっと着いた」
麗らかな陽が優しく包む、ある春の日のこと。
半ば息を切らしながら数百段もの階段を登りきった僕の眼前に現れたのは――ここから先は聖域であることを告げる神社の象徴、鳥居である。
もう幾度となく足を運んでいるとは言え、それでも毎度のようにその荘厳な雰囲気に身の引き締まる思いがする。
ゆっくり足を踏み入れ境内を進んで行くと、この聖域内において一際存在感を放つ神様のお住まい――社殿が二匹の狛犬に守られるように聳えている。……だけど、僕がここに来た一番の目的は――
「……やっぱり、今日も綺麗だ」
境内の隅へと歩みを進めた後、一人感慨に浸りそんな呟きを洩らす僕。そんな僕の視線の先に映るは――この空間全てを優しく見守るように静かに佇む、一本の小さな桜の樹だ。……そう、こうして
「…………え?」
突然の事態に驚き振り返る僕。……いや、この言い回しは少し大袈裟かな。後方からそっと肩を叩かれただけだし。ともかく、振り返ってみるとそこには――
「…………えっと」
そこにいたのは、恐らく僕より少し年下くらいの女の子。爽やかな白のワンピースに少し大きめの麦わら帽子――そして、そこから覗く綺麗な薄桃色の髪に、水晶のように透き通るつぶらな瞳。僕が評するのも何様という感じだけど……紛れもなく美少女と言って差し支えないだろう。
……ただ、それはそれとして。
「……えっと、僕は
「…………」
思わず、言葉が止まる。何故なら――僕に注意を向けさせたはずの少女が、何一つ言葉を口にする気配もなく、ただ淡く微笑みを浮かべているだけだったから。
……えっと、僕に用があるんだよね? 僕の肩を叩いたのは、彼女で間違いないだろうし。でも、いったいどういう――
「……あ、ごめん! もしかして邪魔だったかな?」
少し慌てて樹の前を去ろうとする僕。……そうだ、当然だけどここは僕だけの場所じゃない。きっと僕の方が年上だし、言いにくかったのだろう。気付かなかったとは言え、申し訳ないことをしてしま――
「…………え?」
刹那、再び驚愕し目を見開く僕。どうしてか、少女が控えめに僕の袖を掴んでいたから。顔を上げると、彼女は大きく首を横に振っていた。……邪魔、というわけではなかったみたいだ。だけど、それならどうして――
「……まあ、何でもいいか」
どうして僕に――そう思考して、止めた。理由なんて何でもいい――彼女の無邪気な笑顔を見てると、そんなふうに思えてきたから。
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