第3話 放課後の雨音に導かれて

テストが近づき、クラスにはピリピリした空気が流れ始めていたある日の放課後。私と彼は、同じクラスの友人たちと一緒に教室に残って勉強していた。英語の長文や数IIの関数など、なかなか手強い範囲にみんな手を焼いている。ところが、バイトや部活のある友人が先に帰り始めると、いつの間にか私と彼だけが残ってしまった。


「もうこんな時間か。暗くなる前に帰ろうか」


彼が時計を見て声をかけるので、私は慌てて筆記用具を片付けた。昇降口に向かうと、外は少しずつ雲行きが怪しくなっていて、遠くでかすかな雷の音が聞こえる。


「雨降りそうだね。私、一応折りたたみ傘持ってるけど」


「……ごめん、俺、今日に限って忘れちゃった」


そんな会話をしながら校門を出ると、突然ポツリポツリと大きめの雨粒が落ちてきた。急いで折りたたみ傘を広げるが、たちまち土砂降りに変わる。二人で1本の小さな傘に収まるのは少し無理があって、肩がぶつかり合いながら走り出す。


「商店街のアーケードまで急ごう!」


「うん、行こう!」


雨水が地面を勢いよく叩き、冷たいしぶきが脚にかかる。私と彼は小走りでアーケードへ駆け込み、どうにかずぶ濡れになる寸前で踏みとどまった。強い雨音が屋根を叩く中、傘を畳みながらお互いを見合って苦笑する。


「ごめんね、傘小さいのに……大丈夫?」


「大丈夫。こっちこそ悪いよ、自分のせいで濡らしちゃって」


そう言い合いながら、彼は濡れた前髪を指で払う。私も袖口を絞りながら、さっきまで一緒に走ったときのドキドキがまだ胸に残っているのを感じた。傘の中で肩が触れ合ったときの感触を思い返すと、なんだか顔が熱くなる。彼の髪を払う仕草が、なんだか少し色っぽく見えた。


しばらく雨宿りしていると、雨は少しだけ弱まってきたけれど、まだ外へ出るには厳しそう。商店街の軒先には同じように雨宿りしている人が数人いて、それぞれがため息混じりに空を見上げている。彼も静かに「もうちょっと待つ?」と尋ねてくれる。


「そうだね……無理に走って風邪ひいても大変だし」


一息つきながら会話を続けていると、さっきまでの勉強疲れやテスト範囲のややこしさがどうでもよく思えてくる。むしろ、彼と二人で過ごすこの時間がちょっと特別に感じられて、雨の音さえ心地よく感じる。彼と二人きり、という状況が、なんだか少しドキドキした。


やがて様子を見計らって再び折りたたみ傘を広げる。まだ小雨が残る中、また相合傘になる形で駅を目指すと、肩同士がかすかに触れるたびに胸が高鳴る。駅に着くころには袖や髪の先がしっとり濡れていたが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。彼の肩が、私の肩に触れるたびに、胸が高鳴った。


「今日はありがとう。変に走らせちゃってごめん」


「ううん、私こそ。ちょっと楽しかったかも」


改札前でそんな言葉を交わすと、彼は気まずそうに笑いながら軽く手を振る。私も「また明日ね」と言って別れたあと、濡れた足元を気にしながらも心がじんわりと温かい。折りたたみ傘を収納しながら、あの雨宿りで肩を寄せ合った瞬間を思い出すたび、顔が熱くなりそうだった。彼と相合傘で歩いた時間が、なんだか夢みたいに感じた。


家に帰ると、母が「わあ、すごい雨だったね」と心配してくるが、私は「うん、でも平気だよ」と軽く笑ってかわした。実際、平気どころかなんだか幸福感に包まれていて、もう一度あの雨音を思い出したくなるくらいだ。雨でちょっと走っただけなのに、いつも以上にドキドキしてしまうのは、きっと彼と過ごす時間が特別だからなんだろう――そう思いながら、私は濡れた髪をタオルで拭き続けた。彼との時間が、私にとって特別なものになりつつある、そんな気がした。

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