あそびましょ。

――……


 雪が降り始めたのだろうか。

 屋外そとの空気が凍っているようだ。


『あそびましょー』

 妙子たえこの耳に、懐かしい声が降ってきた。


――美夜子みやこ


 妙子たえこの嗅覚から、みかんの甘酸っぱい香りが消去された。

 かわりに、あの日と同じ雪のにおいが妙子たえこを包む。


『わたしの名前はね、美夜子みやこ妙子たえこちゃんが忘れないでいてくれたら、また会えるよ』


 懐かしい声だった。

 また会いたいと願っていた声だった。


 あの頃、妙子たえこは、いつもひとりぼっちで。

 あの雪の日だって、誰も誘ってくれないから、ひとりで雪玉作って転がしたんだ。


 誰も来ないのをいいことに、普段は入っちゃだめだと言われている裏山へ足を踏み入れた。

 雪が、その境界線を覆っていたから。

 誰も入ってこない裏山には、たくさんの雪が妙子たえこを待っていたかのように、輝いて見えた。

 歓迎されたのだと思った。あの日だけは。


 だから、あの雪の日に遊んだ女の子のことを、妙子たえこは誰にも言わなかった。

 記憶の片隅に置きながらも、それはまるで夢であったかのように、ふわふわとして。もしも、誰かに話してしまったら、溶けて消えてしまう綿あめのようで。大切な思い出だったのに。


 ふと、よみがえったのは、雪のせい?



 ぱたぱたぱた と、足音が妙子たえこに近づいた。

 流しの水は、流れている。母は、居間に背を向けたままだ。

 換気扇がカタカタと回っている。ガスコンロでは、お煮しめの野菜たちが鍋の中でくつろいでいる。

 騒がしいテレビは、歌番組に変わっていた。


 おかっぱ頭の女の子が、妙子たえこの手を取る。

『名前、思い出してくれたのね!』

 嬉しそうに、笑っている。




 

 

 

 








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