END 新たなる道へと――


「――女王陛下、こちらの方をお納めください」


 一ヶ月前までは瓦礫の山だった場所に、旧帝国よりも華美でありかつ優雅な城が立っている。内装も古臭った政治を表すかのような陰鬱とした雰囲気を一新して、白を基調とした壁と、大きな窓を取り付けることで外の光を取り込むことと政治の潔白さを表している。

 そしてそれを体現するかのように、足元へと差し出された新参者の貴族からの貢物を、新たな女王は玉座から立ち上がって蹴り飛ばした。


「なっ!? 何をなさるのですか!?」


 まさに信じられない、とでも言いたげであった。伝え聞いていた話と違う、とも言痛げであった。何故なら彼が知っている筈のこの土地にある国はこのような貢ぎ物を歓迎し、根回しによって貴族同士で思いのままにできるはずのみかどの国であった。

 しかし目の前に立っているのは耄碌している老人ではなく、常に戦線に立つかのように騎士の鎧を正装としている若き女王の姿であった。


「言っておくけどこの国は私の叔父上が作っていた国とは違って、そう言うのが大っ嫌いな奴が玉座に座っている国なの。お分かりかしら?」


 ――ベアトリス女王陛下。今ではそう呼ばれている。名字ファミリーネームであったエーカーという名を捨て去り、ただのベアトリスとして、そして新たな国家“クリエティア教国”の女教皇プリエステス、あるいは初代女王陛下として民を率いている。

 してその表情は温和な女王というより、どちらかと言えは他人を小馬鹿にするかのような、せせら笑いが良く似合うものであるが。


「陛下のおっしゃる通りです。この国でこのような下賤な貢ぎ物など、汚らわしい考えを持ち込まないでいただきたいですねぇ」


 そして若き教皇を教育する指導者として、枢機卿カーディナル――アビゲイル=ブラウがすぐそばに立ち、そして今は足元に散らばる香辛料などの貿易品を踏みにじっている所であった。


「この国に移住するにあたって、かなり厳しい審査を通ってきたはずですが……いやはや、まだまだ教え子達の訓練が足りないですねぇ」


 そう言って芝居がかった様子でやれやれと首を振るアビゲイルであったが、あわよくばとこの国にたどり着いた貴族にとって、その行為は挑発としかとれなかった。


「ぐ、ぎ、ふざけるな!! この私が! この国に取り入ってやろうというのだぞ! こんなできたばかりの国に、財ある私が――」

「財? ああ、それならば皇帝が残した遺産が腐るほどあるから心配いらないわ。それに……丁度良かった。お掃除お願いしてもいいかしら」

「はっ、女教皇プリエステス様の命とあれば即座に」


 そうして現れたのはアビゲイルが国を作るにあたって選定した、才ある修道女シスターのうちの一人だった。本来であれば慈悲深き聖母のようであれば理想的ともいえる職業であろうが、それとは正反対の冷酷な眼と固く閉ざされた口が特徴的な少女が、男の後ろに立っている。


「だ、誰だお前は――」


 貴族の男が最後まで言葉を発する前に、少女は男を一瞬にして氷漬けにしてしまった。


「……いかがいたしましょうか。神父様」

「そうですねぇ……ひとまず街の古井戸にでも放り込んでおきなさい。後はこの血に住まう大蛇神様が、断罪なされるでしょう」

「では、そのように」


 少女は礼儀正しくゆっくりと首を垂れると、氷像となった男の足を素手で持ち、その場から引きずり去っていった。


「……流石は、神父様が選んだ六人の一人ってトコロかしら」

「ええもちろん。使える者しか選びませんので」


 そう言ってアビゲイルは自信をもった笑みを浮かべ、そして聖書を開いて今後の確認を行う。


「今ので午前の謁見は終わりとなります。それから午後からは、エドワード=ニグルマ様と今後の取引について陛下と直々にお話がしたいと」


 その名前を聞いた途端に、ベアトリスはそれまでの雰囲気を更に強張らせるかのような緊張感を持った顔つきとなる。


「……何か問題でもあったの?」

「いえ別に。……“定例会議”、と言った方がよろしかったでしょうか?」

「そう。ならいいけど」


 内乱を起こして一ヶ月。そう、たった一ヶ月でベアトリスの周りの全てが変わってしまった。この国を作りかえるといったが、どこか絵空事だと、妄言だと思い込んでいた自分がいた。しかし自分の隣に立つ男――アビゲイルと、これから会う男、エニグマはそれを実現させてしまった。そして叔父上とは形が異なるものの、ある意味では傀儡となってしまっている自分がいると、自覚できていた。


「……ですが、貴方の御気分がすぐれないというのであれば、私としゅだけで話をいたしましょうか?」


 アビゲイルが主と敬愛し忠誠を尽くす者、エニグマ。この男の考えをベアトリスは読むことができない。アビゲイルの方はまだ手札を見せてはくれているものの、それでもこの神父すら考えの奥底を読むことができない。

 しかしそれでもベアトリスは構わなかった。少なくともこの神父こそが、自分を洗脳から救い出してくれた命の恩人。ならばそれに報いるべきであり、何よりも彼女自身が少なからず好意を抱いているからに他ならなかったからである。


「ええ。ちょっと今の豚みたいな奴と喋って気分が悪いから、時間帯をずらしてお願いするわ。それと神父様も、そばにいて貰えないかしら」

「ええ……何故でしょうか」


 一つ目の注文は受け入れたものの、二つ目の注文に対してアビゲイルは明らかに怪訝そうな顔をしていた。

 立場上この国の教皇の教育者である枢機卿であるアビゲイルにとって、こういった定例会議など数少ない場面でしか本来の主であるエニグマに会えない。それを断って、今度は目の前の少女といるなど、アビゲイルにとってはある意味苦痛でしかなかった。


「私は個人的な情報交換を行いたいのですが」

「そう言って結局毎日のように行っているじゃない。たまには一緒にいてよ」

「はぁー……なんで私が小娘の気分に振り回されなければならないのですか」

「だって……ここで一人だと寂しいし」

「全く……わがままな小娘ですねぇ」


 そうして愚痴を吐きながらもその場を去ろうとしないのは、彼が本来持っているであろう人間としての優しさであろうか。少なからずとも現時点でベアトリスの考えを大きく外れるようなことなど起きる気配など無い。


「仕方がありません。今夜の会議まで、今しばらく貴方の気紛れにお付き合いしてあげましょう」

「……ありがと」



          ◆ ◆ ◆



「――さぁさよってニャッしゃい見てニャッしゃい! 今日もお値打ち商品盛りだくさんだよー!」


 王都は既に復活し、街も活気を取り戻している。市場の一角も、元々ニグルマ一族が陣取っていた場所で再び商売道具を広げる若い男と獣人族の女性がいる。


「ご主人、今日も売り上げが好調ですね!」

「当然だ。選りすぐりの武具を仕入れて来たからな」


 当然ながら真っ赤な嘘で、元ある「MAZE」の世界では二束三文程度で買いたたかれていたものが、ここでは一週間分以上の生活費を賄うだけの価値のある装備となっている。


「もう少しで、この街に堂々と住むことができるな」

「ええもちろん! しかも豪邸に!」


 この市場での露店の看板娘と化しつつある第一フロアの中ボス、メルキアは営業スマイルとは違う本当の意味での喜びを込めた笑みを浮かべている。心なしか尻尾の動きも激しく、頭部にある耳もピコピコと動いているのが分かる。


「豪邸か……リアルの家がガチ長屋レベルの1K の俺が、まさかこうなるとは」


 今まである意味では思い出したくも無かった現実の事情を呟きながら、エニグマは客との円滑な取引を見守っていた。


「それにしても、この国の大半を相手にこんなにまともな商売をする必要あります? 少なくともご主人、この国に元からいる人間全員には例の種子を呑ませているんでしょ?」

「少なくとも元からいる奴にはな。まあこの国で体内にエルドルウの幼生を飼っていないのはベアトリスと例の“六人の修道女シスターシックス”ぐらいか? 後はアビゲイルの判断によりけりでこっそりと下剤を飲ませてある者もいるかもしれないがな」


 新しく生まれ変わった王都にはとある噂が流れている。雨の日は屋内にいるべきであると。雨になると何故か普段よりも気が立った住民が多くいるから、というまことしやかな話も織り交ぜて、この街に流れ着いた冒険者にはそう守らせている。


「事実外に出て集団リンチにあった奴もいるが、それが逆にいい教訓かもしれないな。この国をぶんどる際に、最後の抵抗として雨に呪いをかけた魔術師がいるという噂話も流れているくらいだからより好都合だ」


 その魔術師の名がルーク=アレクサンダーソンだという名前を付け加えれば、事態はさらに真実味を帯びてくる。


「この王都に入った時点で俺達の監視下に置かれている。これほど有利な状況は無い。そしてそれを悟られるような真似をするメリットも無い。あくまで普通に生活し、あくまで普通のフリをする。それが一番だ。だからこそ今あるエルドルウも全て幼生のままで大人しくさせてある。いちいち脳を乗っ取る必要も無いし、本当の意味で単に寄生しているだけで十分だ」


 エニグマはそう言って完売したという看板を掲げて店じまいを始める。それに合わせてメルキアもまた残りの片づけを始めて主であるエニグマと共にその場を去っていく。


「ご主人、今日はステーキが食べたいです! あとご主人の童貞も!」

「お前日に日にドがつくほどストレートを投げてくるから怖いんだが」

「いいじゃないですか! ほれほれ、ヤマブキ様を除けば一番大きな胸を堪能できるチャンスですよ!」

「要らんわ!」


 童貞をこじらせた結果一歩を踏み出す度胸が無い主を前にメルキアは不満そうにしているが、既にエニグマにとっては見飽きた光景でしかない。


「……さて、そろそろこの国も安定してきたな」

「ええ、まあそうですね……ご主人、まさか――」

「分かってるじゃないか。俺は元の世界MAZEで一つを除いて最終的に十一の国を潰した男だぞ」


 ――残りも潰して、このアビスホールこそが最も危険な存在だと知らしめる。


「その為にここで退屈している暇はない」


 エニグマは邪悪ともいえる笑みを浮かべたが、メルキアはそれに対して天真爛漫な笑みを返し、そしてこれからも主と共に歩むことを誓う。


「そろそろお家に帰りましょう。せっかく古井戸も移したことですし」

「ああ。アリアスがまた玉座で律儀に待っているかもしれないしな」


 恐怖の大王がいるとするならば、それは身近にあるのかもしれない。

 それがいずれ、どの国にも伝わるような、おとぎ話として広まっていくのかもしれない。

 たった一人の青年と、彼が引き連れる深淵より来る者共の進軍は、留まることは無い―― 

                                 

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俺が作った最高難易度のダンジョンが、異世界でも難攻不落のダンジョンとして有名になっていくようだ 『アビス・イン・ダンジョンズ』 福留あきら @akira_fukudoom

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