1、蓮華、高校生になる。人生を捻じ曲げる1年がとうとう始まる。


ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリっ!


ばちんっ!


「うるふぁ~い……ん~」

まだ肌寒い4月8日(月曜日)の朝、薄手のカーテン越しに差し込む朝日はどこか忙しなく、まだお布団の中でゆっくりしていたい私の願いを邪魔する。

私は朝が嫌いだ。


「もう始業式かぁ……ふぁ」



琴野蓮華、16歳。

大好きな彼(京くん)に口を殴られてから5年が経過した。

バレンタインデーの出来事は、私の記憶の深くに刻み込まれた。

平たく言えば、トラウマ。

私は”恋愛”が怖い。



「そろそろ起きるかぁ……めんどくせ~」

時計の針は7時を5分ほど回ったところ。


私はのそのそと蓑虫が蓑から這い出るように暖かく柔らかい布団から這い出した。

見たことないけどさ、蓑虫なんて。


朝ごはんを食べて、歯を磨いて、ストンと落ちる長いストレートの髪を丁寧に梳かして、それから、う~ん8時前には出られるかなぁ。

ゴシゴシ。

眠い目を擦りながらトントンと階段を下りてゆく。



キッチンから食パンの狐色にこんがり焼けた良い香りが流れてくる。

リビングからは朝のニュース番組の音。

そして……。


「ちょっとっアンタっ! いい加減に起きなさいよっ、遅刻するでしょ!」

「……ふぁ~い」

「はぁっ? 『ふぁ~い』じゃないでしょ『ふぁ~い』じゃ。さっさと起きてご飯食べて仕事行きなさいよ、もう!」

「うぅ~ん」

「うぅ~んって……。力抜けるなあもう」


お父さんは朝が苦手だ。

血圧が低いかららしい。


「まったくもう、どうして朝はいつもああなのかしら。あれで課長なんだから不思議よね。大したことないのかしら、地方公務員って」

プンこらしている。


「あら、おはよう蓮華。今日は始業式だったわね。食パン焼くからちょっと待っててね」

「うん」


我が家の朝がいつもパン食なのは、手のかかる和食だとお父さんを起こすための時間が確保できないから。

私は知らないけれど、いつも20分くらいやっているらしい。

とにかく、お父さんが粘るのだ。

お布団の中で。


「おう、蓮華、おはよう。お前も今日から学校か」

顔を洗ってサッパリしたお父さんが別人のような態度で現れる。

「うん、始業式だからね。午前中で終わるよ」

「そうか。お前も高校2年生になるんだな。早いなぁ月日の経つのは。来年はとうとう受験か。光陰矢の如く、学なり難しって言うけどな、まぁ勉強はそこそこやってりゃ良いから、友達を大事にして良い思い出をいっぱい作れよ」

パンをほお張りながら諭すように語りかけてくる。

寝グセがついているのか、髪の毛がぴょんと跳ねている。


フフ。

私はそんなお父さんが好きだ。

小五月蝿いことを言わないからではない。

放任主義だからでもない。

何気ないひと時に、ふと口にするお父さんの言葉と、それを呟くときの横顔が好きなのだ。


「うん。大丈夫よ」

パンくずの付いた指をテーブルの上でパンパン叩く。


「ごちそうさま。私、もう行くね。お父さんも早く食べて行かないと、また、お母さんに締め上げられるよ?」

私は制服に着替えに席を立つ。


「蓮華、黒のソックスと靴は新しいの買っておいたから使いなさい。それから、あたな。タイとカフスは春らしく明るい色のものを買ったから使ってね。居間のテーブルに置いてあるわ」

お母さんの声色が普通に戻る。

いつもの我が家の朝。

きっとこれからも続く朝。

春だから、少しだけ慌しく、新しく、どこか切ない。




ちらちらと、静かに、静かに、舞い散る

桜のはなびら 十重二十重。

それをすくい取ろうと手のひらを伸ばすと

思いのほか手の平は小さくて、するり、零れ落ちる。

その軌跡が予想できるなら、そう思う。


命の灯はあとどれくらい残っているのだろう?


琴野蓮華。

私は高校2年生になった。



☆-----☆-----☆-----☆-----


「蓮華のステータス」

1,命の残り時間    :キッカリ1年と3か月間

2,主人公へ向けた想い :トラウマ・レベル

3,希望        :★☆☆☆☆

4,絶望感       :★★★☆☆


☆-----☆-----☆-----☆-----☆


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