神頼みしたら僕の好きな人が別の人とくっついた話

砂塔ろうか

神頼みしたら僕の好きな人が別の人とくっついた話

 傷心旅行だったと思う。離婚したあと、父は僕を連れて東京から遠く離れたこの街に旅行した。


 その時だった。僕が神社で「お姉さん」に出会ったのは。


 お姉さんの名前は知らない。昔の話だから顔もおぼろげだ。


 この街に住んでいるらしいこと、弟らしき男の子を連れていたこと、一緒に絵馬を書いたこと、笑顔が素敵だったことは、覚えている。

 あと、ひらがなが下手くそだってからかわれたことも。


 あの時は「パパがもっといいママにあえますように」なんて書いたっけ。


 そのお蔭か、父は良い人を見つけた。数年の交際を経て、再婚。かつて旅行で訪れたこの街で新生活が始まったのがつい先日。


 そして今日。僕は義理の妹に案内してもらってお姉さんに出会った、あの神社を訪れた。

「はい到着。でもなんで神社に? 御朱印とか集めてたっけ」

「いや、縁結び祈願で、ちょっと」

「そっか」

 妹は、遠慮してかそれ以上尋ねてこなかった。


 一礼して鳥居をくぐり、参道の端を歩いて、手水舎できちんと手を清め、鈴を鳴らしておやしろに参拝する。


 どうか、あのお姉さんと会えますように。


 祈願を終えて、さて帰るかと思った時。

 音がした。見れば、絵馬が風に揺れていた。


「そうだ。せっかくだし、絵馬も書いたら? そしたらもっと御利益あるかもだしさ」


 妹が言う。

 少し気恥ずかしかったが、父の再婚もこの絵馬のお蔭かもしれないのだ。書くことにした。


「そういえばさ、」


 絵馬に流麗達筆な字で願いごとを書いていると、妹が呟いた。


「昔、ここで絵馬買ったんだよね。迷子の男の子が書きたいって言うから」


 ペンを動かす手が止まった。妹は、笑いながら続ける。

 その顔は、かつて見たお姉さんの笑顔にそっくりで、


「その子、ひらがながすっごく下手でさ。何て書いてるのかわかんなくて聞いたら、『パパがもっといいママにあえますように』って。お父さん思いの良い子だなって感心しちゃった」


 まさか————



「……………………お母さん?」


「お母さん」


「僕のお父さんと結婚した、あの?」


「私のお母さんはそのお母さんだけだね」


「………………………………………………………………」


「どしたの?」


 妹がこちらの顔を覗き込んでくる。


 僕は、言葉に詰まって。それでもなにか言おうとして、やっと出て来た言葉があまりにみじめで、絵馬に涙が零れ落ちる。


「…………僕が先に好きだったのに」


 その日。僕の初恋は終わった。




(了)


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