夢か現(うつつ)か幻か

@Sumiyoshi

第1話 那由多


……今日も見つからなかった 。

朝に起きて、真っ先に頭に浮かぶのは君の事。


もうあれから二か月経ったのか…

君は、太陽より月に例えたほうが似合う人だった。



~~~~~



君との出逢い。それは偶然の出来事だった。

仕事からの帰り道。 

夜の満員電車。


ワイシャツのボタンが 君の髪の毛に絡まった。


「……痛い」 

か細い声が聴こえた。


どんな妖精の悪戯だろう。

絡まった髪の毛は なかなか取れない。

取ろうとすればするほど 絡まっていく。


「引っ張って、切ってください。 構いませんから」


そうするには勿体ない位の 美しい長い黒髪だった。


ガタン ガタン ガタン


揺れる電車の中では 手もいうことをきかない。

仕方なく 髪の毛を絡まった部分を引きちぎった。


手元には 先ほどまで生きていた髪の毛だ。

私は 彼女に心から詫びた。


彼女の後ろの車窓には月が見えた。


(綺麗だな)


そう思った。

それが彼女との出逢いだった。


偶然にも彼女と私は 同じ駅で降りた。


「お詫びに」と 私はコンビニで ペットボトルを買って渡した。

色気もない品物なのに 彼女は笑いながら 喜んで受け取った。



――今夜も暑いですね


――ええ。このお茶すきなんです。ありがとうございます



確かそんな事を話したのだと思う。


私は家への帰り道。

彼女は仕事へ行くところだと言う。


…仕事?



私の住んでいるところには ちょっとした繁華街がある。

そこで働いているのだそうだ。


――お店の名前はなんというの?


――那由多っていいます。不可思議の一歩手前の



不可思議?


(嗚呼、そうか数字の単位の話か)


――もしよろしければ

小さな声は、幹線の車の音にかき消されそうだ。


――お店に いっらっしゃいませんか?


ほんの少しの興味本位からだった。

私は、彼女のお店について行くことにした。


彼女はどんどん私を暗闇に招く。


……あれ? おかしいな


もう長く住んだ街だ。

一通りの街の様子は頭に入っていたはずだ。

こんな所は初めてだった。


いろは横丁と書かれた古びたアーケード。

変な光があちこちで点滅している。

近くで盛りのついた猫が妙な声をだして喧嘩していた。



……入り組んだ道を手招きされるままついて行く



仄かに光る灯り 『那由多』 の看板があった。

彼女の店だ。



彼女が小さく微笑み 重厚な扉を開ける。


暗い照明の店内に入ると、なんだろう、

クラクラと眩暈がしてきた。


先ほどから彼女からしていた甘い香りが濃くなっていく。

何といえばよいか、

濃厚な甘ったるい でも妖艶な香り。



…そこからの記憶が全くない


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