第3話
「たた闇雲に杖を振ってもダメなのよ。あらかじめメニュー画面でスキルをセットしておかないと発動しないから。スキルを獲得する為にはスキルツリーに振り分ける為のスキルポイントが必要になるし、まだレベルが1のままの貴方はスキルポイントを持っていないから、最初にモンスターを倒そうと思うなら、物理的に叩くしか手はなかったのよ」
手持ちの回復アイテムを分けてくれたアカネさんは私にそう教えてくれた。
魔法使いという職業でありながら、最初は何の魔法も使えないだなんて事は予想出来なかった私は、迎えるべくしてピンチを迎え、そこをアカネさんに救われたという訳だ。
アカネさんは他にも全くの初心者の私に様々な心得を教えてくれた。
私はただただ感謝しながらそのレクチャーを聴いていたのだが
「ところで、貴方の思い描いていた、理想通りの、なんでもできる魔法使いに、なってみたいとは思わない?」
雲行きが怪しくなってきた事に不覚にも気付けなかった私は、アカネさんからの提案についつい乗ってしまったのだった。
「誰か助けてええええええ!」
私は今、必死で逃げていた。何から? 当然モンスターからです、ハイ。
ゴブリン、オーク、コボルト、ゴーレム、果てはドラゴンに至るまで、多種多様な、かつ沢山のモンスター達が先程からずっと私を追い掛けまわしています。
ここはとある隠しダンジョンのモンスターハウスの真っ只中です。どうしてこんな事に! 誰のせいかは解っています! あえてアカネさんのせいだとは言うまい!
彼女の提案に乗ってしまった愚かな私のせいなのです! しかし、やっぱり敢えて言おう!
「鬼いいいい! 悪魔ああああ!」
アカネさんは超がつくド・スパルタです。
「頑張れ! ファイト!」
私の目の前で、装備だけでなく、身も心もボロボロになりながら、アサヒちゃんがモンスター達から逃げ回っている。
逃げている、だけでも、今回は意味がある。通常、ただ逃げ回っているだけでは経験値は得られない。
だが、命の危機に置かれている状況の方に意味があるのだ。
可愛い可愛いレベル1のアサヒちゃんを私が放り込んだこのモンスターハウスはアサヒちゃんとはレベル差のあり過ぎる多種多様なモンスター達の巣だ。
言うまでもなくトラップの一種であり、熟練の上級者であっても入ってしまったが最後、無事生還出来ただけでも莫大な経験値が得られるのがここなのだ。
私が想定していたよりも体力だけはあったらしいアサヒちゃんはもう3時間もの間、命の危機に瀕している。これでまだ、文句が言えるのだから、大したものである。
実際、彼女は確認する余裕もないだろうが、私のゲームマスター専用メニュー画面では、彼女がグングンレベルアップしていく様を捉えている。
獲得しているスキルポイントも相当溜っているのだが、今の彼女は逃げるのに必死で、悠長に自分のメニュー画面を開いて、スキルを獲得したり、ましてや使用する事など出来る筈がないのだ。
杖でモンスターを殴っても良いのかもしれないけれど、ボロボロの杖の方が折れちゃうだろうね! マル。
「ホラホラ、ペース落ちてるよ~」
「鬼いいいい! 悪魔ああああ!」
私がバカだったのだ。ちょっと命の危機を救われて、優しく指導して貰ったからといっても、アカネさんにノコノコ、ついてくるべきではなかったのだ。
モンスター達が恐れて近づこうともしないあの規格外はニコニコ微笑みながら、私の事を、優しく温かく見守って下さっている。
視える! 私には視える! 鬼の角が! 悪魔の尻尾が! いやいや、ホントにこれ、もう死んじゃうって!
アカネさんが言うには、私は、彼女が待ちに待った逸材なのだという。予知する事も出来なかったとかなんとか、全く何処まで規格外なんだか!
彼女に憧れて、彼女のようになりたいと、一瞬でも思ってしまったかつての私を、今なら! そう、今なら私は確実に呪い殺せる気がシマスヨ!
結局、自称文科系のアサヒちゃん13歳は、連続5時間半走りぬいた末にぶっ倒れた。
最後まで、そう、ぶっ倒れる直前まで私に恨み言を言い続けたあたり彼女の将来が非常に楽しみである。
ヒトが懸命に頑張っている姿って視ていてとてもとても心地が良いよね! 将来、そう、彼女には約束された将来があるのだ。
私の身代わりでゲームマスターになって貰うっていうそれはそれは大切な将来がね!
コンディション、ステータス、チェック、気を失ってはいるものの、呼吸あり、脈拍あり、現在、レベル27。
Cランクのレベル上限は70なのでまあまあ順調な滑り出しと言えるだろう。月まで父さんに会いに行けるのもそう遠くはないのかもしれない。
それにしても、予知出来ない相手と過ごす時間は私にとって大変貴重な時間でもあるので、心行くまで楽しみたいと思う。
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