3-③ 愛と死をみつめて

 岩羽跳子は百頭鮫に向き直り、強い意志を秘めた眼差しで睨みつけた。それは、どんな急峻な岩壁にも屈することなく登り続ける、イワトビペンギンの眼差しであった。

「――わたしがあれを倒すわ。仁くんは安全なところに離れていてね」

「待てよ、危険だ!あの百頭鮫は全身が正面だ。跳子がフリッパーを叩きこめる側面なんて存在しないぞ!」

「ねえ、仁くん。私にも、秘密があるのよ」跳子は城敷に背を向けたまま、やさしく語りかける。


「わたし、ほんとうはね、ペンギンなのよ」


「なにを今更なんだよ!」食い下がる城敷に、やさしい言葉を重ねる跳子。

「ううん、そうじゃないの。ペンギンといってもAGM-119の方なのよ。紙幅が足りないから、詳しくは検索してね」跳子は読者に目配せした。

「AGM-119!?馬鹿な、調達は終了したはずだぞ!紙幅が足りないから、詳しくは検索してくれ」城敷も読者に目配せした。


 つまりあなたのことである。どうかお手元の情報機器を用いて検索していただきたい。正しい情報には辿り着けただろうか?


 では、物語に戻るとしよう。


「そう、だからね」跳子は躊躇うことなく制服を脱いだ。白く美しい躯体、真実の姿を城敷の目に晒し四枚の翼を展開する。前縁はゆるやかなカーブを描いた、ペンギンのフリッパーのような翼。

「これはわたしにとっては生来の使命を全うすることなのよ。悲しまないで」先端には補助翼とターゲットシーカーを備えた、無駄のないスタイル。

 そして城敷の足元に、ウイッグと共に一枚の紙片が落とされた。それはとある水族館の入場券だった。

「なんでこんなものを!これでペンギンでも見て来いと言うのかい!君が消え去った世界で……」

「妹がいるのよ」AGM-119“ペンギン”は言った。

「なにもかもが終わったら、一度会いに行ってね。お願いよ」

「ワーッハッハッハ!愁嘆場は終わりか!?何も出来ぬまま死んでいくがよいわ!フフフ……」

 夜空を圧して、百頭鮫がふたりの頭上に迫る。百の頭を持ち、百の顎が開いた恐るべきその姿は、しかしどんな位置・角度からでもサメの体内を攻撃可能ということなのだ。


「さよなら、仁くん!大好きよ!」「跳子ーッ!!」


 AGM-119“ペンギン”対艦ミサイルはそのロケットモーターに点火し、優雅な軌跡を描いて果敢に飛翔する。やがてその姿は、大顎の中に消えた。


 刹那の間が過ぎ、弾頭が起爆する。

 百頭鮫は幾千幾万の破片となって粉々に砕けた。


「どうして……」

 呆然と空を見上げる城敷のもとにも、砕けたサメの肉片が散らばる。そのひとつ、半身に千切れた小さなサメの頭が残された目を見開いた。

 サメの欠片は城敷を睨むや憎々しげに呟いた。「愚かな人間どもめ。これが終わりではないぞ」口の片側だけが牙をむいて、嗜虐に満ちた笑みを浮かべる。

「なんだと!?まだどこかにサメがいるというのか!」「その通りだ」


「地球より16万8千光年離れた我らがサメの故郷、大マゼラン星雲サメザー恒星系。その第4惑星イッチョカンダル、『おお我らサメ学園 いっちょ噛んだる いっちょ噛んだる』と校歌にも歌われている偉大なる母星が」「あの歌詞にそんな秘密が!!」


「いまや遊星サメ爆弾としての活動を開始したのだワーッハッハッハ!」「遊星……サメ爆弾だと!?」

「宇宙空間を光速で飛翔する天体を避ける方法はない!人類は必ず滅びるのだ!」


「16万8千年後に!!!!」


「わかった、伝えとく」城敷はサメの欠片を踏み潰した。すべては終わった。



 私立サメ学園の経営陣・教職員は一新された。生徒たちも校舎に戻り、2頭のクマが学園の護り手として讃えられた。

 平和と安寧に満ちたその場所に、しかし城敷仁の姿は無かった。


 都心を離れた湾岸地域。ガラスのドームで有名な水族館のペンギン飼育施設の前に、黄色いウィッグを抱えて何かを、誰かを探す男がいた。

 やがて一羽のイワトビペンギンが、その男へと近づいて行く。男は手を伸ばしてウィッグを、まるで冠のようにイワトビペンギンの頭に据えた。

 するとペンギン飼育施設の中に、ひとりの女子高生が現われた。


「……なにが妹だよ。生きてたんじゃないか」

「あららー、バレちゃったね」てけりり、と岩羽跳子は微笑んだ。城敷仁も笑った。


<HAPPY END>

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