3-① さらば熊Guy

「その声はわが友、城敷仁ではないか」ズタボロの制服姿の男が、地面から立ち上がる。

 骸骨のように痩せこけ、青白い顔にギラギラと眼光だけが鋭い。目の下には深い隈が黒々とある。

 幽鬼のようなその男を、しかし城敷はよく知っていた。忘れ得ぬ面影が残っていた。

熊Guyくまがい!熊Guyじゃないか!生きていたのか!」「誰?お友達?」

「熊Guyは……生徒会長だ。この、サメ学園の」

「『元』生徒会長さ」熊Guyは自嘲的に笑った。「今ではご覧の有り様だ」そのまま咳き込み血痰を吐く。肺を患っていることは明らかだった。

「俺は……俺は君に友と呼ばれる資格のない人間だ」城敷はうなだれた。「君と君の同志が理事長に反旗を翻した時、俺は何もできなかった。共に戦えなかった。だから……」

「城敷、この馬鹿野郎!」熊Guyの衰えた腕から放たれた貧弱な拳が城敷を打った。痛みのない痛みが、胸に溢れる。

「後ろを向くな。前を見ろ。いまお前がこうして無事でいられのも、あの時俺の無謀な企てに乗らなかったからだろう。この瞬間を生きるんだよ。後悔も慙愧も無しでな」

「いいやつ熊Guy……」城敷の過去が涙と共に洗い流される。跳子はそんな二人を温かく見守っていた。


「ところで、理事長が死んだというのは本当か?」「うむ。奴は爆裂して消えたぞ」

「俺は長年、この先で裏口入学用のトンネル掘りを強制されていたんだが、突然監視役の教師が異常をきたしてな。一緒にいた連中は脱出して学園に向かった。そいつらを見なかったか?」「いや……」城敷の顔が曇る。

「いま、学園はサメの大群に襲われているのよ。私たちは誰にも会わなかったし、希望は持てないわね」「おい跳子!」

「いや、成程な。そのサメとやらが追ってきたようだぞ」長年地下生活を強いられていた熊Guyは、わずかな星明りでも夜目を利かせて危険を察知した。

「行け、城敷。トンネルを抜ければ近道だ。餞別にこいつをくれてやる」ボロ布の包みを城敷に手渡す。「男の武器だ。ダイナマイトだよ」

「お前はどうするんだ!」「俺の命はもう長くない。足手まといになるよりは、」

 且つてサメ校にその人ありと謳われた生徒会長の、変わらぬ雄姿がそこにはあった。

「戦って、死ぬ」

「熊Guyよせ!いや、今度こそ俺も一緒に!!」

「馬鹿野郎!」またも拳が襲う。「早く行け。可愛い彼女を大切にな」「いや彼女て」

 そしてサメの大群に向き直り、両腕を高く掲げて挑戦の雄叫びを上げた。

右眼うがんに月輪!左眼さがんに緋炎!我より出でよ!我と共に咆哮せよ!」


「クマーーッ!!」


 熊Guyの両目の隈から、飢えたクマが飛び出す。冬眠を控えたクマは地上で最も恐るべき生物である。たちまちサメに襲い掛かり、シャケをも一撃で打ち倒す爪と牙を以て、存分にその猛威を振るった。

 しかし疲弊した熊Guyの身体が、その反動に耐えられるはずもない。


 ひとりのおとこが、地に伏し倒れた――

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