第十三話 告白の涙
--- 小田切の部屋 --- 深夜三時
部屋の中は、微かなランプの炎だけが揺れている。小田切のデスクには、穂乃果が描いた回路図が広げられている。
「モーターが動かなかった原因わかった?」涼が穂乃果に訊く。
「結線を見直したんだけど、問題は見つからなかった。もしかしたらモーターがいかれたのかも」穂乃果が視線を床に落としたまま答える。
「やっぱりそうか。それぐらいしか考えられないと思ったよ。それにしても昨日はちゃんと動いたのになぁ」涼が悔しそうに呟いた。
小田切が少し遠慮がちに口を開く。「穂乃果の回路図を見ながら結線を確認してみたんだよね。そしたら、モーターへ繋がる線が一本切断されていた」
「何者かに故意的に切られたという事?」郁恵が声を上げる。
「結線忘れではなく、繋がっていた線が切られていたから」小田切が答える。
「殆どの住民が、この計画に消極的だったよなぁ。全員怪しいから、誰だかわからないね」涼が呟く。
「でも、証拠無いし、想像や勘だけじゃ、だめよ」郁恵が言う。
「目黒さんだったりして」涼が言う。
「それは無いと思う。あの方は、脱出の邪魔なんて絶対にしないと思う」郁恵が強く否定する。
「犯人探しはやめよう。結線して、もう一度やればいいだけだし。邪魔されないように交代で見張らない」涼が言う。
「涼くんの言う通りだね。交代で見張ろう」小田切が答える。
その日から、六人は交代で見張ることになった。穂乃果は、昼間はダメなので、深夜だけ担当することになった。
数日、曇りの日が続き、太陽光の発電力が足りずに決行は延期された。その間、交代でモーターを中心に見張りを続けた。そしてついに、晴れの日が訪れた。
前回同様の段取りで、挑戦したが、また、電源の供給まではうまくいったが、モーターは動かなかった。
原因を調べた結果。なんと、前回同様に、またしても線が一本切断されていたのだ。
「昨晩の見張り役は誰?」涼が訊く。
「二十一時から三時までは、俺だよ」涼が答える。
「博士が来たりしなかった?」
「来たけど、ちょっと立ち話をして、帰ったよ。僕と話していたから、何もできないはず」涼が答える。
「少し、うとうとして寝ちゃったとかない?」郁恵が訊く。
「勘弁してよ。絶対ないよ。俺ちゃんと見張ってたよ」涼が答える。
「三時から朝の見張りは、穂乃果だよね?」郁恵が訊く。
「うん」穂乃果が答える。
「博士は来なかった?動力室とか、中庭に」郁恵が訊く。
穂乃果は答えずに視線を逸らし、うつむいたまま黙り込む。
「どうしたの?大丈夫?」里が心配そうに声をかける。
しかし穂乃果は無言で、震える手で自分の膝を握りしめた。
小田切が穂乃果の様子を見て、優しい声で口を開く。「穂乃果ちゃんは、ちょっと疲れてるみたいだから、今日はここでおしまいにして解散しよう」
小田切の言葉に従い、涼たちは互いに顔を見合わせながら部屋を後にした。扉が静かに閉まると、小田切は穂乃果の隣に腰を下ろし、彼女の肩を毛布で優しく包んだ。
「疲れてるみたいだね。お水、持ってくるから横になっていな」小田切は立ち上がろうとしたが、穂乃果が無言で彼の袖を掴む。
小田切はその手を見て動きを止めると、再び隣に座り直し、毛布越しに穂乃果の肩をそっと抱いた。
穂乃果の目に涙が溢れ、頬を伝う。
「どうしちゃったのかな?穂乃果ちゃん。話したくないことは話さなくていいからね」小田切が優しく語りかけると、穂乃果は震える声で話し始めた。
「実はね、線を切ったの、私なの」
小田切は驚いたが、表情を隠して、黙って頷いた。
「私、本当は……本当は家に帰りたくないの」穂乃果は嗚咽を漏らしながら告白する。
小田切はそっと彼女の肩を抱き寄せる。
「父から……暴行を受けているの。父は……義父なの。お母さんが再婚してから、ずっと……」
——————————五年前 穂乃果の自宅
「今何時だと思っているんだ?」義父が問う。
「まだ六時半」
「まだじゃないだろう。門限は六時だぞ」
「三十分ぐらい誤差でしょ。私もう十五歳なんだからいいでしょ」
「親に口答えするんじゃない」
義父は、穂乃果の胸ぐらを掴み、頬を叩く。
「オマエ、父親ずらしているんじゃねぇよ。気持ち悪いんだよ」穂乃果は唾を吐きながら言い放つ。
「それが、親に対する態度か。お前にはお仕置きが必要だな」義父は穂乃果の手を強引に引き、地下室に連れて行き、外から鍵をかける。
「出せよ。ここから。むかつく」穂乃果はドアを叩きながら泣きながら叫ぶ。
「俺の稼いだ金で学校行って、飯食ってるのを忘れるな。おまえは親の言うことを聞く義務があるんだよ。俺の言うことは絶対だからなぁ。反抗したら、ここから二度と出られなようにしてやる。忘れるんじゃねぇ」
穂乃果は、床に倒れて泣く。
「私、学校やめて、働いて、自立したい」
「何言ってるんだ。そんなの絶対許さない。お前がどこに行っても、必ず連れ戻すからな。俺から逃げられると思うな。親子の縁は切れないんだから。娘は親の言う事を聞くって決まっているんだよ」
——————————
穂乃果の声は震えながら続く。「どこに逃げても、必ず見つけられて……そのたびに、もっとひどい目に遭わされるの……ここに来て、初めて安心して眠れるようになったの。小田切さん、束縛も暴力もないから」
小田切は言葉を挟まず、ただ彼女の話に耳を傾けた。
「何不自由ない実家よりも、電気もガスもないここの方が幸せになれる気がするの……」
穂乃果の声が震え、言葉が途切れた。
小田切が静かに応じる。「そっか。親子だと逃げ道がないよな。でも、涼たちを騙すのは、やめた方がいい。彼らは本気で穂乃果ちゃんのことを心配してる。真の友達だと思うよ」
穂乃果は涙を拭いながら、かすかな声で答える。「そうだよね……友達を裏切っちゃダメだよね」
「涼たちに協力してもらって、穂乃果ちゃんはここで死んだ事にしてもらえば自由になれるかもしれないよ。僕もここを出られたとしても、死んだことになってるし、元の生活には戻れないと思う。どこかの離島で、新しい生活を始めるつまりだ。もし、穂乃果ちゃん、隠れる場所がなかったら、おいで。穂乃果ちゃんが、結婚するまで兄貴役を引き受けるよ」
小田切の言葉に、穂乃果は少しだけ目を見開き、深く息を吐いた。
「ありがとう。明日、みんなに話してみる」穂乃果の声には、わずかな希望が含まれていた。
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