第十二話 光を拒む者たち


 --- 食堂 ---



 食堂の中央に立つ小田切は、全員の視線を一身に受けながら一度深呼吸をした。期待の色を浮かべる涼、郁恵、里の表情とは対照的に、住民たちの顔にはどこか諦めにも似た無表情が広がっていた。


「みなさん! ここから脱出できるかもしれません」


 その一言に、涼たちは息をのんだが、住民たちの反応は冷ややかだった。視線を交わす者もおらず、まるでこの話題に興味がないかのような態度で、ただ小田切の言葉を待っていた。


「どういう方法で?」あつが落ち着いた声で尋ねた。


 小田切は頷き、静かに話し始めた。「この棟とは別に、地上に通じる荷物用のエレベーターがあります。それを使います」


「使う? 電気がないのに?」マッスルが眉をひそめた。


「実は、電気はあるんです」涼は、電気の存在が隠されていた理由を説明した。


「電力でエレベーターは動くはずです」


 住民たちの誰も感嘆の声を上げることはなかった。


「エレベーターのモーターは動くの?」アツが問い詰めるように尋ねる。


「わかりません。ただ動く可能性はあります」小田切が答えた。


「でも、人が乗れるスペースがあるのか?」ゴッドは続けて質問を投げかける。


「荷物用なので狭いですが、里ならギリギリ乗れると思います。彼女は小柄で軽く、体も柔らかいので」


 里が頷きながら小声で付け加えた。「試したら入れました。大丈夫です」


 それでも住民たちの態度は変わらなかった。期待も関心も見えず、むしろどこか煩わしそうに小田切の話を聞いているようだった。アツが冷たく口を開く。


「そんな計画が成功すると思ってるの?」


 涼が苛立ちを抑えきれず、声を上げた。「ワームホールを使わずに、地上に戻れる可能性があるんです! どうしてそんなに冷めた態度なんですか?」


「地上が何だって言うのよ?」アツが冷ややかに返す。「外に出たところで、何が待っているかわからないじゃない」


「それでも、この生活を続けるよりはマシです!」郁恵が声を張り上げた。「ここに閉じ込められているなんて、異常じゃないですか?」


「異常ね……」目黒が静かに言葉を重ねた。「でも、ここに四年生きてきた俺たちにとって、これが平穏な日常なんだよ」


 住民たちの間には、どこか諦めや自己防衛の感情が漂っていた。彼らはもう、地上という未知の世界に戻ることを想像すらしない。地下での日々が過酷であっても、そこには秩序と安定があり、彼らにとっては「居場所」だったのだ。


 一方、涼たち四人はその姿に言葉を失い、内心の苛立ちを隠せなかった。


 涼は小声で郁恵に話しかけた。「なんでこんなに無関心なんだろう。普通なら、みんなで協力するはずじゃないか」


 郁恵は静かに首を振った。「ここがもう彼らの場所なのよ。新しいことに挑むより、今の生活を続けたいのかもしれない」


 涼も静かに付け加える。「でも、俺たちは違う。俺たちには、まだ希望がある。それを諦めたくない」


 里は小さな声で呟いた。「この地下で一生を終えるなんて、絶対に嫌……」


 あつは最終的に無関心な口調で言った。「やりたければ勝手にやれ。ただし、私は協力しないよ」


 その言葉を受け、小田切を筆頭に涼たちは計画を進めることを決意した。しかし、住民たちの反応が変わることはなかった。むしろ、彼らの無関心は冷たく、そこには「希望」ではなく「恐怖」が垣間見えた。


 地上への道を目指す者と、地下での安定を守る者。それぞれの価値観が交錯する中、計画は静かに動き出す。


--- 脱出計画決行日---


決行の朝、里は荷物用のエレベーターの中に体を小さく丸めて待機し、郁恵はエレベーターのスイッチに手をかけている。


 一方、小田切と涼は、動力室に張り付き、パイロットランプを見守っていた。ランプが点灯すれば、エレベーターに電力が供給されていることを示す。ランプが微かに緑色に光り始めると、二人は目を輝かせた。


「やった!」小田切が歓声を上げた。


 郁恵は涼の合図を確認すると、エレベーターのスイッチを入れた。だが、エレベーターが動き出すはずのその瞬間、モーターの音は一切聞こえなかった。静寂が広がり、周囲の空気がピリつく。


「動かない……」郁恵はスイッチを押したまま呟く。


 涼も唖然とした表情で郁恵の隣に座り込む。「なぜだ……動くはずだったのに」


 エレベーターの中から里の声が響いた。「失敗なの?」


 涼は申し訳なさそうに首を振りながら答えた。「……ダメみたいだ」


 里はエレベーターの狭い箱からゆっくりと這い出てきた。失望の色を隠せない顔で、郁恵と涼の近くに座り込む。


 小田切と晋吾も中庭に戻り、全員で顔を突き合わせる。昨日のテストではモーターが確かに動いていた。それなのに、今日は全く動かなかった。


「配線には触っていない。電力も供給されているはずだ……」小田切はつぶやきながら、腕を組んで考え込んだ。「もしや、モーター自体が故障してしまったのかもしれない」


 涼は呟いた。「でも、昨日のテストでは動いてたんだよな……。運が悪いとしか言えないのか?」



「そうだな。最終的には、電気に詳しい穂乃果に見てもらうしかない」涼が答えた。


「じゃあ、いずれにしても、最終判断は深夜だな。みんなが寝静まった頃に穂乃果さんに見てもらおう」小田切が結論を出した。


 涼たちは黙って頷き、それぞれ思い思いの形で地面に座り込んだ。達成寸前での失敗に、全員の心に重苦しい沈黙が広がっていた。


 全員の希望を託された計画は、再び夜の闇の中で動き出そうとしていた。深夜の静けさが訪れるまで、彼らはただ黙って時が流れるのを待った。












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