第十一話 囁かれた脱出計画
--- 里の部屋 ---
食事を終え、里は疲れた身体を引きずるように自分の部屋に戻る。ドアを開けると、地下特有の冷たい空気が身体にまとわりつく。部屋の中は薄暗く、ランプの灯りだけが頼りだ。彼女はランプをスチールデスクの上に置いた。
部屋は無機質そのものだった。診察室を改装したと思われる空間には、スチール製のシンプルなデスクとその上のペン立て、そしてパイプベッドがあるだけだ。壁は剥がれかけた白いペンキが無造作に塗られており、かつての病院の面影を強く残している。
デスクの表面は少し錆びついており、ペン立てには数本のボールペンが乱雑に刺さっている。隅には書類らしきものが数枚積み重ねられていたが、埃が被っている。ベッドは細い金属製のフレームで、マットレスは硬そうに見えた。薄い毛布が一枚掛けられているが、それだけでは寒さを防ぎきれないのだろう。部屋全体がどことなく湿っぽく、地下特有の閉塞感が漂っていた。
「疲れたな……」と呟き、里はベッドに倒れ込む。スプリングがきしむ音が耳に響いた。薄いマットレス越しにフレームの硬さが伝わり、身体が休まる感覚はほとんどない。それでも、ここが彼女にとって唯一の「自分だけの空間」だった。
目を閉じようとした瞬間、「カチャ、カチャ」とドアの鍵をいじる音が聞こえた。
『誰かが鍵を開けようとしている!?』
一瞬で眠気が吹き飛び、里は全身が緊張で固まった。ベッドの端に身を寄せ、毛布を頭から被る。デスクの上に目をやると、ペン立てに刺さっていたボールペンが目に入る。彼女は手を伸ばして一本掴み、小さな武器として握りしめた。
部屋の薄暗さと静寂が彼女の恐怖を一層際立たせる。壁に映るランプの炎の揺らめきが、まるで不気味な影絵のように見えた。息を潜めながら、里は震える手でボールペンを握りしめ続ける。
しばらくして、鍵をいじる音が止む。
『諦めたのかも……』と安堵の息をつき、身体の力が抜ける。深夜三時を回った時計の針が目に入った。
しかし、気になって眠れない。音が消えてから約1時間が経過したころ、そっとベッドを抜け出し、足音を立てないようにドアへ近づく。鍵穴から外を覗くが、何も見えない。さらに耳を当てても物音は聞こえない。
意を決してロックを外し、慎重にドアを開けたその瞬間――。
バン! ドアが勢いよく開かれ、強い力で押し込まれる。口に布を押し当てられ、驚きのあまり悲鳴も上げられない。
「シー。お願いだから声を出さないで!」耳元で囁く声に、ランプの灯りが男の顔を照らし出す。そこにいたのは、小田切だった。
「絶対に傷つけないから」と小田切は続ける。怯える里をベッドに座らせると、もう一人の影が部屋に入ってくる。ランプの明かりに浮かび上がるのは女性のシルエット――その正体を見て、里は目を見開いた。
「穂乃果さん……!」
思わず呟きそうになるが、穂乃果は指を口に当てて「シー」と小声で制止する。
『穂乃果さんがここにいるなんて……どういうこと?』混乱が頭を支配する中で、安堵も押し寄せ、力が抜ける。
穂乃果が里の隣に腰を下ろす。里は、小田切と穂乃果に挟まれ、呆然としたままベッドに座る。
「声を出さないで。これから説明するけど、他の人に知られたら大変なことになるからね」と穂乃果が里に囁く。
里は無言で頷き、小さな声で答える。「何が何だかわからないけど……わかった」
穂乃果は深呼吸をして話し始める。
里は、無言で頷き小さな声で答える。
「何がなんだか、さっぱりわからない」
「少し長くなるけど、説明するね」
「うん」
「実は私、初日に、小田切さんに西棟の出口まで送っていただいて、出て行こうとしたんだけど、小田切さんが、こっそり匿ってくれると言ってくれて。ずっと小田切さんの部屋にいたの」
「ところで、トイレはどうしてたの?部屋にないでしょ」
「夜中の四時ぐらいに、小田切さんの服を着て、こっそり行ってた」
言い終わると、穂乃果は子供のようにフードを被り立ち上がって背中を向ける。
「どう?小田切さんに見えるでしょ?」
「あ、確かに。小田切さんに似てる。身長とか同じぐらいだし、フードを深く被って髪の毛をなんとかすれば、前から見ても、遠くからだったら、それっぽく見えるかも。なんとなく顔立ちも体型も似ているので」
「顔立ちは同じ系統だと認めるけど、体型は似てないでしょ。私結構スタイルいいんだから。男の人と一緒にしないで」
「そろそろ本題の話をしないと夜が明けちゃうよ」小田切が口を挟む。
「あ、ごめんなさい」
「本題!?私に何か特別な話があるの?」
「そうなの。里ちゃんじゃなきゃできないことなの。ここから脱出するための計画に里ちゃんが必要なの」
穂乃果は、里に、詳しい脱出計画の話をし、この話は、絶対にバレないように、慎重に三人に伝えるように言った。
--- 里の部屋 --- 翌朝
朝、里は静かに涼、郁恵を自分の部屋に招く。彼女は慎重にドアを閉め、エンジンを組むように三人を輪に誘導して、穂乃果が小田切に匿われていた話と、穂乃果が考えた脱出計画についての話をした。
二人人は驚きで固まりつつも、穂乃果が生きている事実に、希望の光を見出すような表情を浮かべた。
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