第四話 地下の光と謎

--- 王座病院 廃墟の地下 --- 午前九時


「ちょっと、みんな静かにして。また、来てくれたのかも……あの不気味な仙人が」里が不安げに呟く。


 六人はその場で息を止めるようにして耳を澄ませる。


「あ、ほんとだ……足音が聞こえる。助かるかも」郁恵が小声で呟く。


 穂乃果が一歩前に出て、真剣な表情で三人の男達に、言い聞かせるように話す。「ここから出られるなら、なんでもしようと思ってる。だから、私が何をされても邪魔しないでね」


 晋吾が少し顔をしかめながら言う。「郁恵の手だけさすったよな。だからアイツは、たぶん穂乃果じゃなくて郁恵に興味があるんだと思う」


 郁恵が目を閉じ、一呼吸置いてから口を開く。「大丈夫……私も覚悟を決めた。ここから出られるなら何でも受け入れるつもりだから」


 その力強い言葉に、男たち三人は黙って頷いた。


 光が涼に視線を向け、釘を刺すように言った。「女子たちがせっかく覚悟してくれてるんだから、カッコつけて守ろうとか考えるなよ」


 涼は小さく頷きながら答える。「わかってるよ。もう反省してるから大丈夫」


 足音は徐々に近づき、六人の緊張はピークに達した。全員がドアに齧りつくようにして足音の方向を見つめる。


「待って……あれ、アイツじゃない。違う」晋吾が目を凝らしながら呟いた。


「もしかして、女じゃない?」光が首を傾げながら言う。


 穂乃果も目を細めて確認しながら呟く。「たしかに……女の人っぽい」


 ランプの灯りが照らす先に浮かび上がったのは、一人の女性だった。スポーツ選手のように引き締まったスタイルで、ショートパンツとTシャツに白衣のような薄いコートを羽織ったラフな装いだ。片手にはペットボトルを持っている。四十五歳ぐらいだろうか。

 女性は驚く様子もなく、まっすぐにドアの前で立ち止まった。中を覗き込むと、六人をじっくりと見渡す。


「出たい?」女は低い声で尋ねた。


 涼が一歩前に出て、丁寧に答える。「もちろん出たいです。どなたか存じませんが、助けていただけると本当にありがたいです」


 女性は少し口元を緩めながら言った。「出したら私に何かいいことある?」


 涼は一瞬戸惑ったが、すぐに答えた。「できることは限られますが、なんでもおっしゃってください。できる事はなんでもやります」


 女性は涼を見つめたまま続ける。「そう……じゃあ、私の奴隷になって」


「えっ……ど、奴隷ですか……」涼が言葉を詰まらせ、後ろの五人を振り返ると、四人は下を向いたままだった。


ただ郁恵だけが目を合わせ、意を決したように毅然とした態度で答えた。

「わかりました。私が奴隷になります。その代わり期間を決めてください」


 女性は大きな声で笑いながら答える。「ハハハ、男前だねぇ。おねえちゃん。冗談だよ。私はアツ、よろしく」


 六人はそれぞれ簡単に自己紹介をした。アツは無言でポケットから鍵を取り出し、ドアのロックを外す。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます」郁恵は深々と頭を下げ、他の五人もそれに倣った。


 アツが軽く頷きながら呟く。「落ちたんでしょ」


 涼が少し戸惑いながら答える。「はい、そうなんです。ところで、アツさんはこんな廃墟で何をされているんですか?」


 アツはペットボトルの水を一口飲みながら淡々と答える。「生活」


「せ、生活しているんですか?……こ、ここで?」涼が驚いた声を漏らす。


 穂乃果が涼の肩を軽く叩きながら言った。「そんな言い方失礼だよ。助けてもらったんだから」


 アツは六人をじっと見つめ、薄く笑いながら問いかけた。「ハハハ。ところで、これからどうするの?」


 涼が少し戸惑いながら答える。「あ、僕たちは、帰ります」


「帰るって? どこに?」


「東京です」


 アツは肩をすくめ、軽い口調で言った。「わかってないみたいだから教えてあげるけど、おそらく地上には出られないよ」


 郁恵が不安そうな顔をして尋ねた。「エレベーターが動いてないのは知ってますが、階段があるかと思っているんですけど……」


「地上と繋がってる階段は崩れちゃって無いよ。それに、出口も塞がれてる」


「え! じゃあ、地下から出られないということですか?」晋吾が驚きの声を上げた。


 アツは少し首を傾げながら言葉を選ぶように答える。「断言はできないけど、おそらくね」


 涼は冷静さを保ちながら質問を続けた。「あの、アツさんは何時間ぐらいこの地下にいるんですか?」


「四年ぐらいかな」


 六人は唖然として目から希望の光が消えた。しばらく誰も言葉が出せなかった。

 沈黙を破り、涼は目を見開きながら言葉を絞り出した。「.....え! じゃあ、四年間地上に出てないんですか?」


 アツは軽く頷きながら答えた。「そう」


 穂乃果が少し躊躇いながら訊ねた。「あの、前に一人男性の方をお見かけしたんですが、もしかして、その方と一緒にここで暮らしているんですか?」


「ああ、目黒さんね。そう」


「お二人で暮らしてるんですか?」


 アツは小さく笑いながら答える。「今は全部で九人かな。一緒に暮らしている人は」


「え! そんなにいらっしゃるんですか?」里が驚きの声を漏らした。


 涼が一歩前に出て、慎重に言葉を選びながら尋ねた。「突然のことで、混乱していて、この場で、すぐに一緒に暮らす事を約束する事はできませんが、何がなんだかさっぱりわからなくて、とにかく、どなたにでも、お目にかかりたいです」


 アツは少し考えるような仕草を見せた後、ニコリと微笑んで言った。「じゃあ、とにかく、ついてきな」


 六人は神妙な顔をして深々とアツに頭を下げた。


 アツは六人を先導し、暗い廊下を進み始めた。左右には個室が並び、その先には鉄製の重い扉が現れる。刑務所のようなゲートを抜けると、無機質な病院の廊下が続いていた。

 廊下の左側には赤いインクで描かれた不気味な肖像画が数十枚貼られている。


「この絵はなんですか?」涼が訊く。


「ここで亡くなった人の肖像画」


「え!、こんなにいるんですか?一体何人いらしゃったのですか?」


「二十人ぐらいかな。地下で四年だよ。これぐらい死ぬでしょ」


「あ!....はい」


 涼は、インクが赤かった理由も気になったが、聞けなかった。

 右側の部屋を覗くと、中には大量の壺が並んでいた。


「あの壺はなんなんですか?病院に壺って、想像つかなくて」晋吾がアツの背後から訊く。


「骨壷」アツが淡々とした調子で短く答える。


 六人は、背筋がぞくぞくとし、言葉が出なくなった。

 さらに進むと廊下から火葬場のような部屋が見えた。不安感がさらに増していく。

 その後、倉庫のような部屋の前を通り過ぎるとアツは突然、立ち止まった。

 ランプを床に置き、鉄製のドアを押し開ける。


 六人の意に反して、中から眩しい光が漏れ出す。六人は眩しさで思わず目を細める。これまでの暗闇から一転した光景に、全員が一瞬呆然とする。


「わぁー眩しい…ここ、地上ですよね。出られたんですね。私達。ありがとうございます」郁恵が顔の前に手をかざしながら声をはずませる。


アツは郁恵を無視して、無言で部屋の中に入る。六人も続いて入る。


 そこは、これまでの荒廃した廊下とはまるで別世界だった。

部屋の中には眩しいぐらいの陽が差し込み、室内には広々とした開放感が広がっている。床は灰色のコンクリートが磨き上げられたように滑らかで、中央には長さ十メートルほどもある細長いテーブルが幾列にも並び、その両側には丸椅子が整然と配置されている。百席ぐらいだろうか。大学の学食といった感じだ。

 部屋の四隅には薄い白いカーテンがかかっており、壁際にはステンレス製の調理台やトレイが並んでいる。奥には厨房らしきスペースが見え、作業台の上に調理器具が整然と置かれているのがわかる。

 部屋の中央から左手の壁にかけては、ガラス張りの大きな窓が設置されており、その向こうには小規模な農園が広がっている。トマトの赤い実や葉の濃い緑色が鮮やかに目を引き、陽光がその作物をやわらかく照らしている。吹き抜けになった中庭から射し込む太陽光が、部屋全体を明るく照らし、空間に温かみを与えていた。

 奥のテーブルには、八人の人影が並んで座り、食事をしている。彼らは整然と向かい合い、静かに食事を進めているようだった。明るく整備されている部屋は、とても荒廃した廃墟の地下とは思えない印象だ。かすかに聞こえるのは、八人の談笑とトレイやカトラリーがテーブルに当たる音だけだった。


「階段登った記憶がないので……地上階のはずがない。どこだここは。異世界か?どうなっているんだ」晋吾が冷静に低い声で呟いた。


 隣にいた郁恵が我に帰ったように、肩を落として呟く。「たしかに、晋吾ちゃんが言う通り、階段登ってないね。ここは天国なの?もしかして私達、死んでいるとか……」


 アツがニヤニヤしながら、口を開く。

「ここは天国でも、異世界でもない。廃墟になった病院の地下だよ。しっかりしな。あそこの中庭は地上階から吹き抜けになっているので、陽が入っているだけだよ」


 六人は、状況の変化についていかれずに、言葉を失った。


 アツが振り返り、部屋の奥を指さした。「あの奥のテーブルに座ってる男が、リーダーのゴッドだよ」


 六人は気を取り戻すと、アツに促されながら、やや緊張した面持ちでさらに奥へと進んでいった。


 ゴッドと呼ばれた男は黒縁メガネをかけている。三十歳ぐらいだろうか。中肉中背で端正な顔立ちの若者だ。白衣をまとっており医者のような風貌。鋭い目つきでこちらを見ながら、にこりと微笑む。「麻原真です」


 涼は自分の頬を叩き、気合いを入れてから、丁寧に頭を下げ話し始めた。「助けていただきありがとうございます。我々は——」


 ゴッドは軽く手を挙げて遮りながら言った。「穴から落ちたんでしょ? わかってるよ」


 涼は意を決して、目の前に座るゴッドに問いかけた。「ところで、先ほどアツさんから少しだけ状況のお話を伺いましたが、二、三教えていただいてもよろしいでしょうか?」


 ゴッドは手元のカップを置きながら、穏やかに頷いた。「なんでもお尋ねください」


 涼は少し緊張した声で続ける。「地上には出られないという話を聞きましたが、出る方法は本当にないのでしょうか?」


 ゴッドは眉間に軽く皺を寄せたが、丁寧に答えた。「出られない、というのは正確ではありません。出られる可能性はあります。ただ、実績として四年間、この地下から脱出できた人は一人もいません」


 涼は言葉を選びながら再び口を開いた。「では、ここにいらっしゃる皆様は、脱出を諦めて、ここで生活をされているということでしょうか?」


 ゴッドは微笑みながら軽く頷いた。「諦めているわけではありません」


「そうですか……失礼いたしました」


涼は少し考え込んだ表情を見せた後、顔を上げて力強く言った。

「自分達も、地上に戻ることを諦められないので、無駄を承知で地上への脱出を試みてみたいです」


 ゴッドはその言葉に満足げに微笑んだ。「それが良いと思います。四年間できなくても、明日にはできるかもしれませんからね」


「……ただ、僕たちは何もわからない状況なので、脱出のために力を貸していただくことはできないでしょうか?脱出はみなさまにもプラスだと思うので」涼が慎重にお願いした。


 ゴッドは腕を組み、静かに涼を見つめた後、口を開いた。「我々には掟があります。その掟に従ってくれるなら、このコミュニティに入れてあげます。六人なら、最低限の食事と寝る場所を提供できます。ただし、賛同していただけないから、我々はなんの協力もできません。君たちだけで行動してください」


 涼が眉をひそめると、ゴッドは淡々と続けた。「この西棟は我々が四年かけて築き上げた空間です。賛同していただけないようなら、この西棟から出て行ってもらいます。この病院には、東棟、南棟、北棟もあります。それらは我々の管理外なので、自由に使っていただいて構いません。我々は一才干渉しません」


 涼は少し考え込んだ後、静かに頷いた。「ありがとうございます。それでは、その掟について教えていただけますか? それをもとに六人で話し合いたいと思います」


 ゴッドは壁を指差しながら答えた。「掟はあそこに貼ってあります。ご覧ください」


 六人はゴッドが示した壁を見上げた。そこには、黒い太字で掟が書かれたボードが掲げられていた。


 ・与えられたタスクは責任を持ってこなす。

 ・最年長者は命懸けで仲間のために貢献すること。

 ・違反者への罰は過半数以上で決議する。

 ・コミュニティは家族。ゴッドの言うことは絶対。


 六人は隣のテーブルに陣取り、それぞれの顔を見合わせながら話し始めた。


「疑問がありすぎて、頭が整理できてません」涼がいう。


「なんでも聞いて知っていることは教えるよ」アツが横から答える。


「ありがとうござます。では、質問ばかりで申し訳ないのですが、水や食糧、電気などはどのようにされているのでしょうか」


「水は、井戸水を使っている。食糧は病院に備蓄してあったカンパンなどの非常食と中庭でとれる野菜中心かな。電気は残念ながら無いわ。灯は見ての通りアルコールランプのみ。トイレは肥料として再利用する前提で、中庭に一箇所をみんなで共有している。生きるための最低限の生活はなんとかなっているといった感じ」


「なるほど、わかりました。なんか、凄いですね。廃墟の地下なのに」


「ここまで来るのは大変だったよ」


「贅沢は何もできないミニマム生活よ」


「『コミュニティは家族。父親の言うことは絶対』って何よ?」穂乃果が眉をひそめて言う。


 アツがテーブルに肘をつきながら答えた。「意見が割れた時や早急な意思判断をしなきゃダメな時に、誰かが決めないと先に進めないので、その時にはゴッドに従うという話」


「ワンマン君主の意見になんて従えない。絶対無理!」穂乃果が即座に反論する。


 その言葉に他の五人が静まり返る中、隣のテーブルに六十歳ぐらいであろう白衣にヘルメットを被った二人の男が、六人をジロジロと見つめている。


 涼は三人の女性に向かって真剣な表情で言った。「冷静に考えてみてほしい。ここのコミュニティに入らなければ、水も食料も整備されてない場所で自給自足しながら脱出を目指すことになる。それは正直、かなり厳しいと思う」


 郁恵が小さく頷きながら呟いた。「そうね……私、コミュニティに入れてもらう」


 里も不安げに顔を伏せたまま小さな声で言った。「私も……トイレがあんな地獄みたいなのはもう嫌」


 穂乃果は目を見開いて立ち上がり、強い口調で言い放った。「マジでみんな信じらんない! あの男のいいなりになるのはゴメンだわ。私は一人でも抜けるから!」


 その言葉を残し、穂乃果は席を立ってゴッドの元へ向かった。

「ご親切な提案、ありがとうございます。でも、よくわからない人の指示に従うことはできないので抜けます」


 ゴッドは少し驚いたような顔をしたが、すぐに穏やかに微笑んだ。「わかった。誰か彼女を西棟のゲートまで案内して」


 アツは振り返り、少し離れたところにいる黒縁メガネの三十歳ぐらいの男に向かって言った。「小田切さん、食事終わったならお願いできる?」


 小田切は無言で頷き、立ち上がると穂乃果をちらりと見て歩き出した。


 アツが穂乃果に目線を送りながら言った。「彼についていってね」


 穂乃果は大きく息をつくと、小走りで小田切を追いかけ部屋を出て行った。


 晋吾が関心した顔をして呟く。「アイツ、ホント潔癖症だな……一人で抜けるなんて勇気あるよ」


 涼は心配げな表情を浮かべて言った。「でも……無理じゃないかな。大丈夫じゃない気がする」


 光が静かに肩をすくめながら呟く。「俺もそう思う。すぐに諦めて戻ってくると思う」


 アツはテーブルに戻ると、五人を見回して優しく訊いた。「お腹空いてるんじゃない?」


 涼が少し恥ずかしそうに答えた。「あ、はい。ぺこぺこです」


「じゃあ、ここで待ってて。何か持ってきてあげるから」


 アツが厨房に向かうと、五人は感謝の言葉を口々に漏らしながら待つ。しばらくして、アツが白いプラスチックのトレイを持って戻ってきた。そこには水、カンパンとハンバーグが乗っていた。

「少ないけど、分けて食べて」


 五人は目に涙を浮かべながらお礼を言った。


「うまそう」光が食欲を隠せずに呟いた。


 涼はフォークを手に取り、慎重な声でゴッドに尋ねた。「この肉……どうやって調達しているんですか?」


 ゴッドは意味深な笑みを浮かべ、「時々、君たちと同じように落ちてくるんだよ、あの穴から」と指を上に向けた。


「あ……なるほど、だからあの部屋だけ施錠されているんですね」涼が冷静を装いながら答える。


 クィーンが口を開く。「あの穴から落ちてくる動物はどれも貴重な食料だからね」


「どんな動物が落ちてくるんですか?」晋吾が訊く。


「兎、鹿、狸、狐は落ちて来たことあるよ」アツがさらっと答える。


「俺たちも落ちて来た動物だよなぁ」光が冗談っぽく言う。


 一瞬、場が静まり返った。ゴッドとクィーンが目を合わせて、無言で、微笑む。

 場の空気に耐えきれずに、里が泣き出す。


「何泣いているんだい。泣きたかったら、食事が終わってからにしておくれ。貴重な肉なんだから、汁まで一滴残さず飲むんだよ」クィーンが釘を刺すように言い放つ。


「ゴメン、ゴメン、俺が余計な事言ったからだね。冗談だから。大丈夫だから」光が里に謝る。


「ありがとうございます。貴重な食事、本当に感謝します」涼達は深々と頭を下げた。


 郁恵が意を決して口を開く。「私、料理が得意です。ぜひ手伝わせてください」


 クィーンは彼女を値踏みするようにじっと見つめ、声を上げて笑った。「鹿を捌けるかい?」


 その問いに郁恵は表情を強張らせた。「え、鹿ですか? 捌くんですか……」


「そうさ。鹿の首を折れるようになったら一人前だね」クィーンが冷たく言い放つと、郁恵は息を飲み、何とか頷いた。奈良公園で餌をやった鹿のつぶらな丸い目が頭をよぎる。


 --- 厨房 --- 夕食後


 皿が空になると、五人は感謝を述べながら食器を厨房へ運んだ。雨水を使い、最低限の水で皿を洗う。


 涼がふと呟いた。「今日のハンバーグの肉って、何だったんだろうな」


「何の肉かはわからないけど、干し肉っぽかった……」郁恵が思案するように答えた。


「たんぱくな味だったな。ビーフジャーキーみたいな感じ」里が続ける。


「ま、食えたんだからいいだろう」光が軽く肩をすくめた。


 しかし、涼は不安げな表情を浮かべたまま、厨房の奥に目を向けた。「電気もないのに肉の保存ってどうしてるんだ?」


 郁恵が奥の扉を指差した。「あの部屋、天井から干し肉がぶら下がってるのを見たよ」


 恐る恐る扉を開き、中を覗き込む。暗闇の中、天井から吊るされた大小さまざまな肉の塊が、不気味に揺れていた。薄い光がかろうじて届き、その影が壁に不規則な模様を描く。


「兎や狸、狐って言ったけど……どれもそれっぽく見えないよな」涼が呟く。


「これ……鹿かな? でも、やけに大きい気がする……」郁恵が小声で言った。

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