第二話 最後の晩餐

 --- 居酒屋 --- 青木ヶ原樹海の廃墟散策の前日


「私ハイボール!」
 茶髪のポニーテールを揺らしながら、ミニスカートに短いTシャツ姿の大学生、穂乃果が手を挙げて元気よく言う。


「私も」
 隣でピンクの髪に、スウェット姿の里が椅子にもたれかかりながら、テーブルを軽く指で叩いて催促する。


「里ちゃんはダメよ。まだ高校生でしょ」
 パーカーにだぼっとしたデニムパンツ姿の郁恵が穏やかな声で優しく諭すように言う。両手を胸の前で軽く組み、まるで母親のように微笑んだ。落ち着いているが郁恵は穂乃果と同期の大学生だ。


「相変わらず硬いなぁ、郁恵ちゃんは」
 里が頬を膨らませ、腕を組みながら言い返す。「じゃあ、太りそうだけど、コーラでいいや」
 軽くふてくされながらも、その表情にはどこか甘えるような色があった。


 その時、店のドアがガラガラと音を立てて開き、風鈴のような音が軽く響く。涼が寝ぐせで跳ねた髪を手櫛で整えながら入ってきた。ラフなTシャツにチノパンというカジュアルな装いだ。

「遅くなってわりぃ」
 テーブルに近づきながら両手を合わせて軽く頭を下げる涼。少し息が上がっているのを見ると、急いで来た様子がうかがえる。


「遅いよ、お兄ちゃん!」
 里が不満げに涼を見上げて言う。手に持っていたメニューをバンとテーブルに置き、目を細めた。「お腹減った。メニュー三回見ちゃった」


 涼は苦笑いしながら椅子を引いて腰を下ろす。「先に食べてて良かったのに」


 郁恵が微笑みながら、里を宥めるように言う。「みんなで乾杯したいから、待ってたの」


 その時、腰まで伸びた白い髪にジャケットを羽織っている晋吾がスマホを片手に操作しながら涼に問いかける。「涼、ビールでいい? 全員揃ったし、早く乾杯しようぜ」


「おまかせで!」
 涼が軽く頷くと、晋吾はスマホのオーダー画面に手早く入力を済ませる。その数分後、配膳ロボットが音もなく飲み物を運んできた。


「ところで、何に乾杯するんだ?」
 たくましい腕でジョッキを掲げ少しイカツイ金髪の風貌の光が、興味深そうに周囲を見渡しながら訊ねた。


 晋吾が声を弾ませて答える。「決まってるだろ。明日の王座病院の廃墟散策だよ! 誰も見つけられなかったヤバイ発見ができることを期待して!」


 涼が肩をすくめながらジョッキを持ち上げる。「心霊現象研究会の部長さんは、熱心だこと」


「私は研究会とか関係ないんだけどなぁ」
 里がそっぽを向いて小さな声で少し寂しそうに呟く。


 光が大きな笑い声を上げながら立ち上がり、ジョッキを掲げる。「とにかく、かんぱーい!」


 一斉にジョッキがぶつかり合う音が店内に響く。


 六人は、酒とつまみを口に放り込みながら、しばらく中身の無い談笑を楽しんでいた。テーブルの上には串焼きや枝豆の皿が散らばり、時折誰かが箸を伸ばしては軽くつまむ。笑い声が重なり合い、店内のざわめきと混ざり合う。

 二時間ほど経過した頃、晋吾がジョッキをテーブルにカツンと置き、椅子を軽く引いて少し戯けた表情をして立ち上がった。


「みなさん、パラダイスの時間は終わりです。現実世界に戻りましょう」
 彼はあえてゆっくりと五人を見回しながら語り出した。「就活の話に移らせていただきます」

 軽いざわめきがテーブルを包み、穂乃果が半ば冗談めいて口を挟む。「えー、 もっと楽しい話しようよ」
 晋吾はそれを無視して続ける。


「みんな、知ってる? 昨日ニュース見て驚いたんだけど、一九二九年の失業率が七%を超えたらしい。それって過去最高の失業率みたいだよ」
 晋吾の声は、普段の軽快さを少し残しつつも、どこか鋭さを帯びていた。


 涼がジョッキを回しながら頷く。「つまり、俺たちは史上最悪の超氷河期で就活してるってことになるんだなぁ」


 光がため息混じりに苦笑いを浮かべる。「面接で『人工知能に比べて優れていると思える点を話せ』って聞かれて、答えられなかったよ」
 彼はジョッキを片手で軽く回しながら視線を遠くに向ける。


「俺も人工知能にやられたよ」
 涼が肩をすくめつつ苦笑いを浮かべる。「経理処理の作業を人工知能にやらせているみたいなんだけど、そのコストが月十万円だから、もし同じパフォーマンスでやるなら、給料は十万までしか出せないって言われた」


 穂乃果がため息をつきながら話に加わる。「私は受けた会社で言われたよ。国内で百店舗展開しているファミレスなんだけど、メニュー開発、調理、配膳は全て人工知能とロボットがやるから、人に求められるのは接客技術、容姿、キャラクターだけだって」


「里ちゃんもあの、イケメン店員目当てでここ選んだもんね」
 郁恵が冗談めいた口調で穂乃果に微笑みかける。「要は人気者になれってことよ」


 光が苦笑しながらジョッキを掲げる。「あ、なるほど。俺が面接受からない原因は顔とキャラなんだなぁ。納得したよ」


 晋吾が真面目な顔で頷きながら言う。「結局、人がロボットや人工知能に勝るのは、人間らしさだけだからなぁ」


「じゃあ、勉強するよりも整形した方が就職が有利になるってこと?」
 里が眉をひそめ、少し冗談めいた口調で呟いた。「私、整形しようかなぁ……」


「里ちゃんは、あざといし、かわいいから必要ないでしょ」
 穂乃果が即答する。


 光が涼に顔を向けて訊ねる。「ところで、涼、お前は就活どうするんだ? 数学科だろ? 人工知能は計算機だから、おもいっきりガチンコするよね」


 涼が深いため息をつきながら答える。「そうなんだよ……本当は重力波の研究やりたいんだけど、相対性理論じゃ食っていけそうにないからパイソン勉強してる。人工知能のエンジニア目指そうかと思ってるけど、今はコードも人工知能に書かせた方が早いし、人が必要とされるのはプロマネぐらいしかなくて……ちょっと疲れてきたよ」

「二〇三〇年は、疲れる。めんどくさい。もーう、消えたーい」酔った勢いで穂乃果が叫ぶ。

「明日、晋吾くんが異世界の入り口が見つけてくれることに期待しましょう」光が笑いながら、穂乃果に絡む。


 晋吾がいきなり立ち上がり、パンパンと手拍子をし、話し始める。「はい。はい。みなさん、この話はもうおしまい。明日は早いので、今日はそろそろ解散にしましょう。集合場所は、学校の校門ね。みなさんが、すごーく嫌っている人工知能で制御されている自動運転のレンタカーを予約済みでーす。九時に出発して、車の中でお昼を食べて、午後一時ぐらいには王座病院に到着予定なので、遅刻しないようにね」


 穂乃果が呟く。「本当に幽霊が出たらどうしよう」


 郁恵も少し真面目な表情で言う。「私は幽霊よりも、変な人間に会う方が怖いな」


「そこは俺たちがなんとかするさ」晋吾がおどけた顔で笑いながら言う。


 全員が笑い声を上げる中、涼が静かに言った。「でも、王座病院ってすごいよな。世界的に有名なキングシート精神科病院の姉妹病院だろ」


 里が小さく呟く。「霊に取り憑かれたらどうすればいいのかなぁ……」


 晋吾が里の肩を叩きながら言う。「俺がお祓いしてやるよ。とにかく、なんでもいいので、普通の人生じゃ経験できないことを味わえたら最高だ」


「一時間ぐらい散策して帰るんでしょ?長居するのは、怖いよ」郁恵が神妙な顔をして言う。


「僕としては、異世界に通じていると言われているエレベーターが見られれば、それだけで満足なので、一時間あれば、全然満足。早めに終わったらサファリパークにも行こうよ」晋吾が答える。


「いいね。その計画。じゃあみんな明日ね!」涼がみんなの顔を見て言う。


 六人は笑いながら席を立ち、帰路に着いたが、彼らには、明日、廃墟となった王座病院の地下に落ちる運命が待っていたのだ。


 --- 涼の自宅 ---


 涼は里を連れて帰宅すると、手早くシャワーを浴び、ベッドに潜り込んだ。


 早めにベッドに行き過ぎたせいか、明日の青木ヶ原樹海について、あれこれ考え始めた。


『昔は自殺者が多いという話はよく聞いたが、今はどうなのだろうか。迷って出られなくなるという話もよく聞く。霊が出ると言われるのは自殺者が多い事に起因してているのか、それとも、あの場所特有の何かが作用しているのか、二つの可能性があるな』


 涼はベッドから出て、山梨県警のホームページを開いた。案の定、身元不明・行方不明者情報がアップされており、ほとんどの人が樹海だった。

 行方不明者の靴や帽子の写真は、どことなく、不気味な雰囲気だ。減ったとはいえ、いまだにいる事に少し驚いた。昔の話だと思っていたのだが。

 掲示板を検索すると、樹海には、死にきれなかった人たちが暮らす村、多くの人に囲まれている気配がする場所があるといった書き込みがあった....涼は、もともと霊を信じてはいないが、火のないところに煙は立たないので、きっと何かある。明日それが、わかるかもしれないといった想いをいだきながら眠りについた。







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