真夜中、世の中、散歩仲

どですかでん

 

 作家を志望してからはや七年が経った。芽は出ていなかった。書きたいことがないような気がしていた。深刻なスランプがつづいていた。夜、散歩に出ると、羽が生えた天使に出会った。東京に出て二度目の天使だった。様子は老人で、元気そうに杖をふっていた。無視して通りすぎざま、ついふりむいた。老人もこちらを見つめていた。

 次の日、六時に起きて、珍しくジョギングへ出る気になった。公園へ行った。ラジオ体操の老人にまじって天使がいた。腕を伸ばしたり、ちぢめたりすると、ゆさゆさと羽も動いた。

 前に悪魔に出会ったことがある。あくまで角を生やして黒いスーツの身なりで、地獄の門の考える人のように悩んでいるそぶりだった。それを見ながら、こんな連想をした。


 黒

 黒豆

 豆しば

 ヤマアラシ

 赤シャツ

 卵

 魂


 すると、電話が鳴った。悪魔はおもむろにポケットから携帯を取りだした。

「はい。今帰りますね。はい。はい。」

 ためいきを吐き、のびをして、やれやれとつぶやいてから悪魔はスーツの埃をはらった。なあんだ。飛び込み営業をサボってるのか。こいつは。とおもった。

 だから今回もまず「羽」と思い浮かべた。


 手羽先

 鳥

 トリエンナーレ

 賄賂

 金

 下請け

 

「あかん。悪い方向に考えがいく」

 ひとりごちて、こっそり自分も体操しながら近づくと、羽がねずみのヒゲのようにぴくぴくと動いて、しまったとおもったのもつかのま、天使はふりむいた。

「あれ。」

 まずい。

「あんた……」

 逃げないと。

「えーと……」

「……」

「……」

「あかん。出てきまへんがな。痴呆もここまできよった。」

 いった。

 え。まさか。こいつは認知症なんか。とおもった。ラジオ体操の二番がはじまった。

「あ、えと、その、え、あ、あ。え、ええ天気ですね。」

「はあ? あんた大丈夫でっか。」

「いえ、では、ここで失礼しました。」

 くるりとふりむいて、逃げ帰った。


 夜、ニュースをみたら、徘徊老人が保護されたと見出しがついていた。ほんなら、あれは家出してたんか。と昨日のことをふとおもった。

 帰宅途中、デイサービスをしている介護施設のなかで、ひげもじゃの老人が輪投げしているのをみた。発想が連想していって、ほんなら、あれはサンタクロースなんじゃないかという気がしてきた。

 プレゼントを貰わずに四十年が経っていた。サンタクロース年金機構とか、サンタクロース労働組合とかもあるような想像にとらわれた。たぶんどこかにサンタクロース求人もあるんだろうな。

 なんとなく、つぎのサンタはおれだという気がしていた。使命感が湧いてきた。

 おれはサンタの取材を決意した。ある作家がミステリを書くために、ゴミ収集車を調べる必要があった。そこで、小説の舞台の街に住んでいることにして、区役所に電話をかけたそうだ。住民のふりをしたのだ。おれも何を書くのか知らないが、サンタクロースのふりをしてやるとおもった。

 で、サンタクロース協会を探した。なんでも世界拠点はフィンランドにあるそうだ。北欧にいってやろうかと思ったが、コカ・コーラが二倍くらいするので、ばか、とおもってやめた。ばか。調べたら、日本支部もあった。どこにあったと思う。稚内。オホーツク海。おいおい。ばか。

 ホッホッホ。ナンセンス。ナンでセンスじゃ。

 いや、まて。とおもった。デイサービスにのりこめばいいのだ。

 だからおれは翌週、介護施設に行った。

 天使とサンタクロースがいた。

「んだもんで……」

「ああ……」

 何か話していた。こっそりと近づいた。

「……下院で安楽死法が可決されたもんで、若者の仕事は近ごろ増えておるそうだ。神様も複雑な心境だといっていた。」

「イタリヤとスイスは先進的ですな。そうそう。日本では閻魔様がお気遣いなさっているとか」

 おれはなんともいえない気持になった。

 そしてふたりとピースの写真を撮って帰った。

 サンタクロース協会の正式会員は親だけなんだそうだ。

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真夜中、世の中、散歩仲 どですかでん @winsburg

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